良い本屋と悪い本屋

 私のなかで、本屋は「良い本屋」と「悪い本屋」に分類される。「良い本屋」とは、私の訳書が置いてある本屋であり、「悪い本屋」とは、私の訳書が置いていない本屋である。私の自宅の徒歩圏内にあるM脇書店とM来屋書店は長らく、「悪い本屋」の筆頭であった。とりわけ、「本なら何でもそろう」を謳い文句にしているM脇書店に自分の訳書が置かれていないという事実は、私の心に深く牙を立てていた。
 しかし昨年、『すごい物理学講義』が河出文庫になって、これが刊行直後から複数回にわたり増刷するにいたって、前記の二書店にもこの本が置かれるようになった。徒歩圏内に、「良い本屋」がふたつもできて嬉しかった。
 そして、今年一月、わが目を疑う事態が起きた。駅前のM脇書店に、ジョン・ファンテ『犬と負け犬』(未知谷)が置かれていたのである。この書店の外国文学の棚に未知谷の本が並んだのは、これが初めてだったのではなかろうか? いやむしろ、この書店に未知谷の本が入荷されたこと自体、これが初めてだったのではなかろうか?(違ったらごめんなさい) 私は、嬉しさよりもむしろ戸惑いを覚えていた。
「悪い本屋」と「良い本屋」に加えて、「とても良い本屋」というカテゴリーを新設し、駅前のM脇書店をそこに含めるべきかとも考えた。けれど、そうこうするうち、『犬と負け犬』は本棚から姿を消した。はたしてあの本は売れたのだろうか? しかし、売れたのなら、再入荷されてもいいはずだ。売れないまま、出版社に返品されたと考えるのが妥当だろう。
 いま、近所のM脇書店とM来屋書店に置かれている私の訳書は、文庫の『すごい物理学講義』だけである。

                               (了)

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