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命を繋ぐもの

2008/09/13
(この記事は2008年のものです)


母の幻覚は、日増しにシュールになっていく。

「ほら、見て。点滴の水の中に、いろんなものが入ってるのよ」
私 「何が入ってるの?」
「馬でしょ。牛…。魚もいる」
私 「え? じゃ、牛の栄養とかが、点滴に入っていくの?」
「違うわよ。摸造だもの。…ほら、どんどん吸い込まれていくでしょ、穴の中に」

点滴の袋の下部の、チューブに繋がる部分に向かって、馬や牛の身体がバラバラに砕かれて吸い込まれていくのだという。

「ほら。黒と白の乳牛よ。顔だけになって吸い込まれていく。しかしよくできてるわよね。あそこからここまでの間だけで、ちゃんと処理しちゃうんだもんね」

私が返答に困っていると、母は私を嬉しそうに見つめて、「アンタ、怖いんでしょ?」と笑う。

「今度はクジラだ…」
「あ、サンマだ…」

母はずっと点滴の袋の中身を見つめている。

「昨日なんか、モナカも入ってたのよ。粒餡のモナカ。餡子がもったいなあって思ってた。わらび餅も入ってた」

母は今週の月曜日から、今日で絶食6日目だ。だけど母は8日経ったと言い張る。ご飯を食べる夢を見たと話す。「みんなが食べてるから、私もついつられて食べちゃったのよ。しまった!と思って。そしたら 『また一からやり直し!』って言われて…」

「もういいかげん、今日あたりが限界。食べたら腸が動くと思うのよ、私は。ご飯を食べれば腸が動いて、そうしないことには始まらないと私は考えてるのよ」 母はそう主張する。

入院して、点滴に繋がれてから、母は一度も起き上がっていない。レントゲンは毎日、病室に回ってくる。介護ホームにいる時と比べ、オムツ替えの頻度もぐんと減り、もちろん入浴どころではない。

母は完璧に寝たきりになり、不衛生になっていく。母の手は上手く動かないので、いつも何かを指差しているような、そんな形をしている。

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