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物流という名の血液『ラストマイル』短評

ロジスティクス(物流)

この映画のテーマを見た時、思わず唸ってしまいました。
だって、あまりにも天才としか言いようがない。

日本人の誰もが関係していて、なおかつ2024年問題の真っ最中。まさに今しかないタイミングで公開された映画です。
もし私が思いついていたら、「オレって天才!」と浮かれまくって1日中スキップしちゃうでしょうね。野木さんはしないでしょうけど。

それはさておき。
今作は『アンナチュラル』『MIU404』のスタッフが再集結して製作された映画作品。ただスタッフが同じだけでなく、作品の世界観も共通しています。

もちろん、各作品の登場人物も出てきますが、一緒に行動するというよりは、方々で事件の謎を紐解いていく感じです。

ただ単に登場人物を出しまくるととっ散らかりそうですが、そこは脚本の腕の見せ所。今作は様々な人物が織り成す群像劇として描き、上記の問題を解決しつつ、現代日本の細部を映し出すことに成功しています。

先ほども述べた通り、今作のシナリオはロジスティクスが中心。
段ボールの中に爆弾が仕掛けられるという前代未聞の事件を前に、混乱に陥る日本社会が描かれます。

買ったものが翌日には届く。確かに便利な世の中になりました。
しかし、それが誰かの人生を犠牲にしていないわけではない。2024年問題が既に明らかにしているように、今作は豊かさや便利さの裏に隠されがちな、個人の犠牲とシステムの闇が描かれます。

さて、ここで野木亜紀子さんについて語りたい。
もはやドラマ好きで知らない人はいないであろう、日本を代表する脚本家です。『アンナチュラル』『MIU404』など、オリジナルドラマを通して現代社会の光と闇を照らし出してきました。

野木さんの凄さはどこにあるのか。それを一言でまとめるなら「バランス感覚」に尽きます。

まず1つが「個を描くバランス」。
この作品には、大手ECサイトを運営するアメリカのIT企業上層部から、末端の配送を担うドライバー、さらに荷物を受け取る顧客など、様々な視点から「ロジスティクス」が描かれます。

そこに分かりやすい悪者はいない。それぞれに事情があり、価値観があり、悩みがあり、人生を生きている。
安易に誰かを否定せず、かといって肯定もしない距離感が、むしろ社会そのものをリアルに描き出すことに成功しています。

そしてそれが「エンタメとテーマのバランス」にもつながります。
社会派ドラマを描くのは、言うまでもなく難しいです。リアリティーを担保しなければならないのはもちろん、脚本を通して言いたいことが先行すると、観客はお説教を聞かされているように感じてしまいます。

しかし、野木さんはその辺のバランス感覚が鋭い。
現代の光と闇を描きつつも、エンタメとして楽しめるギリギリのバランスを見出し、毎度ながら上手に着地しているのは感嘆するしかありません。

最後に、今作で印象に残った台詞「死んでも止めるな」について。
冒頭に述べた通り、物流は現代社会の血液と言っても過言ではない。特にメディカル関連は、配送が止まると患者の命に関わることが作中でも描写されています。
だからこそ、その流れを止めないように尽力すること自体が悪いわけではない。

しかし、そのようなシステムによって、社会を構成する誰かが不幸になり、死んでしまったら元も子もない。

社会を構成するシステム。それを支える人間。
どちらが主でどちらが従なのか?
今作はそんな疑問を私たちに投げかけています。

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