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今一番泣ける百合漫画『君と綴るうたかた』が描いた「罪と罰」

 もはや毎年恒例ですが、AnimeJapan公式サイトにて「アニメ化してほしいマンガランキング」の投票が行われています。

 昨年一位だったハイパーインフレーションがアニメ化されなかったので、1位を取れば確実にアニメ化されるわけではなさそうですが、業界人が人気を測る材料の一つくらいにはなっていると思うので、お気に入りの作品がある方は投票してみてはいかがでしょうか。
 え、まだ投票していない? お気に入りの作品もない? そんなあなたにオススメしたい漫画があるのですよ。それが今回語る『君と綴るうたかた』です。なんと、全6巻でつい先日完結したばかり! 名作を楽しむなら今! きみつづをどうぞよろしく!

 ……とまあ、このまま投げやりに終わっても別にいいんですが、それだとおそらく誰も読んでくれないと思うので、もう少し詳しく紹介したいと思います。
 ただ、この作品の魅力を紹介しようと思うと、どうしても中盤までのネタバレをしないといけないんですよね。正直、皆さんには何も知らない状態で読んでほしい! 「百合」「哀恋」「善意が生んだ悲劇」――これらのワードに興味がある人は、つべこべ言わずすぐに買ってほしい!
 それでも食指が伸びない方だけが、この先を読んでください。

『君と綴るうたかた』とは

 君と綴るうたかたは、コミック百合姫で2020年7月号から2024年3月号まで連載されていた漫画作品です。作者はゆあまさん。
 コミック百合姫は百合漫画作品を掲載している漫画雑誌なので、今作も一応は百合漫画です。本当に「一応」ですね。私も読むきっかけは百合要素だったのですが、実際に読んでいる間は百合漫画であることを忘れていたので、「百合ってどうなんだろ……」って人でも問題なく楽しめると思います。ぶっちゃけ「あっそういやこれ百合漫画だったわ」って時々思い出すくらいでしたからね。
 というのも、今作が一番に描きたかったものって、おそらく百合はないのです。いや、一番かもしれませんけど、あくまで百合は今作に付随する要素の一つでしかないんですよ。
 もちろん、恋愛要素がまったくないわけではありません。今作では、主人公二人の甘く切ない「哀恋」が描かれます。哀しい恋なので完全なハッピーエンドを求めている人には向いていない作品ですが、それでも読んでほしいですね。読後感はそんなに悪くないので。しんどいのは間違いないけど!

「いじめの加害者」という消えない罪を背負う主人公

 今作が数ある漫画作品の中でも特に珍しいのが、「主人公がいじめの加害者側」かつ「それに対してトラウマを抱いている」ことです。このどちらも満たしている主人公は珍しいのでは?

 主人公の星川雫は小学生の頃、なんでもはっきり言う性格を先生に褒められます。それだけならまだよかったんですが、その性格をどんどん前に押し出していった結果、人を傷つけてしまうんですね。「いじめ」と言われてイメージすると、悪意を持った行為を想像すると思うのですが、今作は少しタイプが違います。結果的には同じ「いじめ」なんですが、悪意ではなく、むしろ本人はよかれと思ってやっていた。それ故に生まれた悲劇なのです。

出典:『君と綴るうたかた』2巻, p50
つらい……

 その経験もあって、主人公の雫はトラウマを抱き、もう人を傷つけまいと誰とも関わらないようになります。

 この設定は新鮮でしたねえ。いじめられっ子かと思いきや、まさかのいじめっ子だなんて。まあ、これまで私が出会ってきたいじめっ子は、明確な悪意を持ってやっているか、いじめてもすぐにその事実を忘れるクソ野郎ばっかでしたけどね(笑)
 憎まれっ子世にはばかる、なんてことわざがありますけど、今作の主人公はその逆を行っているわけです。

 今作が上手いと思うのは、そんな元いじめっ子主人公の見せ方。普通だったらいじめっ子の主人公なんて応援したくならないじゃないですか。その課題を今作はしっかりクリアしています。
 今作の冒頭では、主人公の雫が朝香夏織に出会い、翻弄される姿を描いています。雫が元いじめっ子だと判明するのは、夏織と恋人になって少し経ってからなんですね。その間に見せる主人公の性格はやけに暗いし、何かに苦しみ追い詰められているように見える。これだけ見ていると、読者はむしろ雫がいじめられた側なんじゃないかと思ってしまうわけです。だからこそ、彼女の過去が明らかになった際にインパクトがあるわけですね。過去の罪をこれ以上ないだろってくらい延々と引きずっているからこそ、読者も思わず同情しますし、応援したくなるわけです。良くできてますよこれは。

 で、雫がいじめのことを夏織に告白し、読者も「がんばって立ち上がるんだ雫!」と応援した矢先、「でも結局いじめたって事実は変わんないよね」と痛い部分を刺されます。
 ここがある意味今作で一番つらいところだと思うのですが、いじめられっ子からすれば、「いじめっ子がめっちゃ後悔しててトラウマになっちゃってます」とか、そんなん知らねえよとしか言いようがない。当たり前っちゃ当たり前なのですが、読者はずっと雫が苦しんでいる姿しか見ていないので、自然といじめっ子側の主人公に肩入れしちゃうんですよ。いじめられた側との再会シーンは、作者の掌の上で弄ばれているのを痛感させられるシナリオでした。ここだけでも読む価値があったなあと思います。


出典:『君と綴るうたかた』3巻, p109
つ、つらい……

「重い病による残り少ない時間」を理不尽に背負わされた恋人

 前述した通り、元いじめっ子と元いじめられっ子がいるだけだと、二人の関係が現状よりよくなる可能性はほぼないですよね。だからこそ、公平な目線で向き合える第三者が必要になります。その役割を務めるのが、主人公の恋人となる朝香夏織です。朝香ちゃんは主人公と同じ教室で出会い、たまたま拾った彼女の小説を読むことから関係が始まります。常に明るく健気な彼女に、自然と雫は心を開いていくようになります。それでいて、雫にいじめられた子とも仲がよく、いじめによって負った傷の痛みも肯定してくれる。互いをよく知り、肯定しているからこそ間に立てるわけです。

 一見すると元気に見える夏織ですが、中盤に彼女は重い病にかかっていることが明かされます。日に日に弱っていく夏織を前に、雫は彼女のための小説を書こうと決意します。それまでの「救う、救われる」関係が逆転するのは、今作の大きな見どころの一つです。

 そして、ここからが重要なんですが……彼女が背負っている「重い病と限られた命」は、本当に誰のせいでもないわけです。ただただ運が悪かったとしか言いようがない。善意から始まったとはいえ、結果的にいじめになってしまった雫のケースとは似て非なるものなのです。二人の「背負っているもの」の性質が似ているようで似ていないんですよね。これは意図的なのだと思います。その違いを言葉で例えるのが難しかったのですが、タイトルでは「罪と罰」と表現しています
 思うに、生まれながらにしてどうしようもない理不尽を目の前にしているからこそ、夏織は人の罪に対して優しくなれるのではないか――そんなふうに解釈しています。夏織のそれと違って、雫の罪はある程度償うことができるのも大きいですよね。

まとめ

 今まで紹介してきた要素を抜きにしても、今作は漫画としての完成度が非常に高く感じます。先述の主人公の描写もそうですが、細かく計算されていることが全体を通して伝わってくるんですよね。
 例えば、1巻ラストでは主人公のカミングアウト、2巻ラストでは夏織の秘密が読者に明かされる……など、各巻ごとにストーリーの盛り上がりが来るように計算されています。また、単純に作者の画力が高いので、主人公二人の細やかな感情の機微もしっかりと描写できています。今作は雫と夏織の二人をフォーカスしているからこそ、二人の心情の変化を丁寧に表現することが、作品全体の説得力につながっていると感じます。

 まとめると、「元いじめっ子の女子高生」と「重い病を理不尽に背負わされた女子高生」が織りなす特別な関係性、そしてそれを加味しても余りある漫画作品としてのクオリティーの高さが、今作の魅力と言えるでしょう。

 ――そんなわけで、ここまで読んだからには、もうさすがにKindleでポチっている頃ですよね。というかもう読み始めていますよね! 当然ね! お願いしますよ!
 あと、もう一度アニメ化してほしい漫画ランキングのリンクを貼っておくので、投票だけでもしてくださいね!

 もう完結しちゃったのでアニメ化は厳しいと思いますが。

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