アイドルがアイドルを書く『トラペジウム』のスリルと優しさ
芸能人による本格的な長編小説は意外と多いですよね。
それこそ読書家としても知られる又吉直樹さんの『火花』が有名ですが、他にも内村光良さんの『ふたたび蝉の声』とか、バカリズムさんのブログをもとにした『架空OL日記』とか。調べようと思えばいくらでも出てきます。
もっとも、近年は芸能人のマルチタレント化が顕著な時代。
粗品さんが楽曲を出したり、野田クリスタルさんがゲームを作ったり、エガちゃんがYouTubeで大成功したり。才能のある人は、分野を飛び越えてどんどん活躍していきます。芸能人による小説が増えるのも、なんらおかしなことではないのですが。
じゃあ私が『トラペジウム』を見る予定だったか? と聞かれると、ぶっちゃけ全然観るつもりはなかったです。CloverWorksの作品と聞くと食指も伸びますが、原作が乃木坂46の小説となると、映画館で観る作品の中では「優先順位を下げてもいいか」と思ってしまった。
恥ずかしい話ですが、偏見は良くないと思っているくせに、それでも「一般的なアニメ作品と比べたらクオリティーが低いだろう」と心のどこかで偏見を持っていたのを認めざるをえない。
ただ、「トラペジウムがいいらしいぞ」と風の噂で聞いて、なら自分の目で確かめてみるか、と思い直したのはよかったなと。ここで考え直さなかったら、それこそ懐古主義まっしぐらですからね。
で、実際に観てみると、それこそ「想像の100倍ちゃんとしていた」し、なんなら「アイドルがアイドルについて書く凄さ」を実感しながら観ることになりました。
このnoteは、以前の私と同じく『トラペジウム』を観ようか迷っている人の背中を押すつもりで書きました。参考になれば嬉しいです。
アイドルになるためには手段を選んでいられません
『トラペジウム』は、乃木坂46で活躍中の高山一実さんによる長編小説。アイドルを夢見る主人公が、自らの足で素質のある女子高生を見つけ出し、4人グループ「東西南北」を結成するストーリーが描かれます。
小説は2018年11月に発売され、累計発行部数は25万部を突破。え、すごい。
この小説をもとにアニメ映画が制作され、2024年5月に公開されたわけです。
アニメーションは『SPY×FAMILY』『ぼっち・ざ・ろっく!』で今をときめくCloverWorksが担当。アニメ好きなら、それなりに力を入れて作っているのが伺えますね。
ちなみに、作者の高山さんに加え、主人公のモデルになったとも言われる西野七瀬さんがゲスト出演しています。さらには内村光良さんも登場。後から調べて知ったのですが、違和感がなくて全然気づかなかったです(笑)
キャラクターについても軽く紹介しましょう。
主人公の名前は東ゆう。東西南北の東担当です。
このキャラ、性格がなかなかアレでして。
憧れのアイドルになるために、3人の女子高生を秘密裏に自分のアイドル化計画に巻き込んでいきます。利用できるものはなんだって利用する。好き嫌いが分かれそうなキャラクターです。
他アニメで申し訳ないのですが、『MyGO!!!!!』で例えるなら、亜音とそよを足して2で割ったような感じ。
彼女がいるからこそストーリーがぐいぐい動きますし、結果的に4人の友情も育まれていくので、そんなに嫌なヤツだとは思いませんけどね。
他にも、南担当の華鳥蘭子、西担当の大河くるみ、北担当の亀井美嘉が集まり、4人組の「東西南北」を結成。主人公の地道な根回しが功を奏し、テレビ番組内で4人のアイドル化プロジェクトがスタートします。
ちなみに、東西南北は乃木坂46の脅威になりそうなグループをイメージして生まれたそうです。どうも「ももいろクローバーZ」などを参考にしているみたいですね。
アイドルがアイドルでなくなるとき
さて、主人公の目論見通り、見事アイドルデビューを果たす4人ですが、栄光はそう長く続きません。最初はただの仲良し4人組だったのに、そこにお金や仕事が介在するようになるわけですから、そりゃ何もかも変わってしまいますよね。
アイドルはアイドルにしてアイドルにあらず。
一見矛盾していますが、間違っているとは思いません。アイドル(idol)とは幻想であり虚構。アイドルである本人も含めて、存在するようでしていない偶像を見つめているのです。最近だと『【推しの子】』でも指摘されていますよね。
そんな形而上学的存在を上手くマネジメントするのは、大の大人でも難しいこと。それをどこにでもいる女子高生が担ったら最後、重荷になるに決まっています。アイドルになった後、段々と4人の心がバラバラになっていく様を、今作は丁寧に描いていて、それがまたしんどい。
作者の高山さんは、アイドルがアイドルをやめる3大要因を「恋愛」「お金」「夢」とし、各要因を主人公以外の3人に当てはめています。
ここで、「主人公以外はそもそもアイドルになるつもりはなかった」という設定が、シーソーのように動き出します。
主人公は元からアイドルを目指していたので、いざアイドルになってからも当然努力します。
ですが、他の三人はそもそもアイドルになるつもりなんてなかったし、別の価値観や人生がある。4人の違いが徐々に際立ち、主人公の存在が自然と浮き上がっていく。
作者が緻密に計算して作品を構築しているのがわかります。
アニメーションを担当するCloverWorksも、いい仕事をしています。
『ラブライブ!』を彷彿とさせる、作画と3Dを織り交ぜたダンスシーンは分かりやすい例ですが、他にも言葉を使わず、表情や身体の微細な動きでその人の心情を表現してきます。細かく丁寧な描写が、作品全体のクオリティーの底上げに一役買っているのです。
エンタメとしての絶妙なバランス
最後に、タイトルにもなっている「トラペジウム」について。
主人公はかつてアイドルを見て「人間って光るんだ」と衝撃を受けたことが、アイドルを目指すきっかけになりました。
しかし、アイドルになると新たな問題が発生します。自分が今光っているかどうかは、自分自身で確かめられないのです。
では、主人公はどのようにして「自らの輝き」を知るのか――これがエピローグにて、タイトルの意味とともに語られます。ネタバレになるので伏せますが、とても美しく、希望に満ちたラストが描かれています。
何度も言うように、原作小説を手掛けたのは、大人気アイドルの高山一実さんです。第一線で活躍する彼女であれば、アイドルの光も闇も十分に理解されているでしょう。
私が感心したのは、エンターテインメントという側面で鑑賞する時の『トラペジウム』の絶妙なバランス感覚です。高山さんであれば、アイドルや女性同士の人間関係に横たわる、もっと暗い側面を描き出すことだってできたはず。
でも、高山さんはそうしなかった。
もちろん、アイドルの暗い側面を全く描いていないわけではないのですが、それがあくまでサブ要素。メインで描いているのは「アイドルを目指した女子高生4人の青い春」であり、観終わった観客は清々しい気持ちで映画館を後にするでしょう。
アイドルがアイドルについて書くのは、それだけでスリルに満ちあふれています。しかし高山さんは、アイドルを目指す少女たちを、ある種の優しさをもって見つめているわけです。
私は高山さんについて詳しく存じ上げていませんが、おそらく自分自身を客観視することがとても得意な方なのではないでしょうか。そうでないと、自身の職業を扱った本を、ここまでバランス良く仕上げることはなかなかできないと思うのです。
この秀逸なエンターテインメントを、ぜひあなたの目で確かめていただきたい。
そう願いつつ、このnoteを終わりにしようと思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?