祖母の教え

小学校4年生の時の担任の先生が大嫌いだった。
その当時、私は正義の心がありあまるジャスティスガールちゃんだったので、特定の男の子を依怙贔屓するその先生が許せなかった。
小さな田舎の小学校で、私の学年は全員で8人。
そんな小さなコミュニティで贔屓をするから、嫌でも目に入る。

そんな先生に度々噛みついていた(あんまり覚えてないけど)からか、段々とその先生に嫌われだした。
挙手をしても当ててくれないし、道徳の授業の話し合いでは私の話を途中で遮って意見を聞いてくれない。
大人がこんなに悪い事をするなんて!!とひどく憤った私は「私の話も聞いてよ!」とその場で泣いて訴えた。
聞いてるよ〜みたいな適当な返事をされた。

そんな先生が嫌で嫌で、私は家の水銀の体温計を摩擦熱で37.4℃ほどのいい感じの温度にする事を考えつき、よく学校を休むようになった。

ある日、クラスメイトの漢字ドリルがなくなった。
誰かがランドセルに自分のと間違えて入れたかもしれないから、みんな中身を確認してねという話が、私がトイレに行っている間にあったらしい。
何も知らずに教室に帰ってくると、先生が私のランドセルを漁っているのが見えた。
私に気がつくなりびっくりした顔で慌ててランドセルを閉める先生が怖かった。
家族に勉強机のものを触られるのすら嫌な私は、その瞬間本当に嫌な気持ちになって「勝手に見ないでほしかった」と小さな声で言うしかなかった。
でも先生は「ごめんごめん!」とニコニコして教卓に戻り、帰りの会を始めた。

家に帰ってからもどうしても納得いかなかった私は、祖母にその出来事を話した。
基本的にいつも私が先生の愚痴を言っても、祖母の返事は「それでも先生の言うことは聞いた方がいい」という内容なので、その日もそうだろうと思っていた。
でもその日は違って、祖母が少し怒っていた。
「たとえ家族でも鞄を勝手に開いたり、中身を触ることはしないのに、それを学校の先生が本人不在の時にするのはおかしい」と。

そのまま祖母は学校に電話をかけ、さっき私に言ったのと同じことを言っていた。謝れとかそういう脅しではなく、ただただ淡々とそれはやめていただきたいと伝えていたと思う。
そうしたら、来なくていいと祖母が伝えたのに、先生が家に飛んで来てしまった。

祖母に呼ばれて玄関まで行くと、ニコニコした先生が「なつちゃん、ごめんねっ!でも漢字ドリル、何ページか埋まってなかったからやっといてね!」と言ってきた。
それは全部休んだ日の範囲で、ゆっくりでいいよとその先生の口から言われた部分だったので、私は唖然として黙ってしまった。
謝りに来たのかと思ったら、祖母の前でお小言を言われたのである。

そして先生が帰った後、祖母に「たとえ小さくてもこちら側に落ち度があればああやって話をすり替えて逃げられんねん。相手を言い負かそうと思ったらそんな隙を与えたらあかん。こっちは間違ってないけど、あなたはどうですか?とこういう風に話を持って行かなあかん」と叱られた。
「おばあちゃん、本気であの先生に謝らせようと思ってくれてたんや」とびっくりしたと同時に、「私が漢字ドリルの休み分を早く埋めなかったせいで負けたのか」という悔しさが込み上げてきた。

その時私は「負けない材料を揃えてから話し合いに挑む」「相手に隙をつかれないように悪いことをしない」と心に強く決め、余計に「悪に絶対負けない!!!!」と正義の心が燃えてしまった。面倒くさい子供だったと思う。

大人になるにつれ色々と経験して、物事には白黒はっきりつけられない事が山ほどあることを学んだ。
だから、自分に害が及ばない事においても首を突っ込む様なジャスティスガールちゃんは卒業した。

でも私に害を及ぼす、もしくは私の大事な人を傷つける人に物申したくなる性分は変わらずで、その場合は祖母の教えを守って負けないように戦いに挑む。
自分や自分の大切な人を守るためにも、私は悪い事をしない。そう思えているのもこの教えの良いところだと思う。知らんけど。
私の事を嫌いな人は、私がいい子であればあるほどきっと悔しいと思うから。

「絶対に、負けない 〜強い気持ちを添えて〜」
というポスターを心に貼ってこれからも生きます。

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