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寝台列車の旅

東北新幹線が開通するまで、東京へは寝台列車を使っていた。幼い時から父の仕事について度々乗っていたので、1人で上京する時もお手本は父との経験だった。


熱いお茶を買って列車に乗り込む。自分の寝台を確認して荷物を下ろす。三段あるうちの一番下。寝ぼけてハシゴを踏み外したら大変だから。それに上段より広い。

寝台に腰掛けて熱いお茶のフタを開けていると、向かい側に乗客が入った。年齢はよくわからないけど、とにかくおじさんだった。
「こんばんは。失礼するよ。」
『こんばんは。よろしくお願いします。』
「おう。1人?」
『はい。』

東京まで一晩の長旅。お隣さんとは良い関係でいこう。

電車が動き出して、ホームで見送りをしてくれる両親に手を振る。おじさんと並んで。(お隣はこんな人ですよ〜)

熱いお茶をふぅふぅしながらすすっていると、おじさんが冷凍みかんを分けてくれた。
『ありがとうございます!いただきます。』
「今夜はちょっと冷えるな。」
『そうですね。熱いお茶が合いますね。熱すぎて飲めないけど。』

向かい合ってみかんを頬張りながら
、とりとめのない話をする。相手のことを質問しないのが暗黙のルール。素性は知らなくていい。


夜が深まっておじさんのお酒がカラになった頃。
「んじゃ寝ようかな。上野まで?」
『はい。』
「へば朝、また会うね。おやすみ〜。」
『おやすみなさい。』
…カーテンを閉める。



寝台列車の朝は、寝台を畳む音で始まる。乗務員さんが端から順番に畳んでいく。
音が近づいてくると、寝台に散らかった荷物をまとめてバッグに入れ、立ち上がって順番を待つ。

あれ?おじさんがいない。トイレかな?荷物はまとめてあるけど‥‥う〜ん‥‥

乗務員さんが来てしまった。
おじさんの寝台で動きが止まる。
ええい!いいや。
『すぐ戻ると思います。』
言いながら、おじさんの鞄を持つ。
本当は他人の荷物を触ってはいけない。でも緊急事態じゃない?

重いなあ。

寝台を座席に変身させて、乗務員さんは次の寝台へ移動した。おじさんの寝台だった座席に鞄を置き、向かい合う自分の席に座って外を眺める。
戻ってきたおじさん。
「あちゃ〜もう座席になってたか。迷惑したべ?」
『全然。大丈夫でしたよ。』



終点の上野に着くと、おじさんはおじさんの目的地へ。私は新しい生活へ出発だ。


知らない者同士で夜と朝を分け合う。

寝台列車がなくなってしまって、
寂しいな。


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