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米老舗百貨店の破産に思う百貨店業界の今後

米高級百貨店ニーマン・マーカスが7日、連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を裁判所に申請した。

米高級百貨店ニーマン・マーカス破産のインパクト

 ニーマン・マーカスは創立100年を超えるアメリカの老舗百貨店だ。バーニーズ・ニューヨークと比べると馴染みの薄い人も多いかもしれないが、人気ブランドの最旬アイテムを販売し、世界中のラグジュアリーブランドやセレブを顧客に持つ最高級デパートである。
 テキサス州ダラスで1907年に創業された以降、優雅な雰囲気と最高級の顧客サービスでその規模を広げ、現在では全米に43の拠点を持つ。1990年代にはカタログ通販で日本にも商品を発送していたのでバブル時代お世話なっていた日本人も多く、世代によっては日本人にも馴染みの深い高級百貨店だ。

 ニーマン・マーカスは近年、ECに押され気味だったがそれでも2019年3月に長年避けてきた百貨店激戦区であるニューヨーク市マンハッタンへの出店を果たし、マンハッタンの再開発地区「ハリソン・ヤード」のモールにニューヨーク初となる店舗を開業させたばかりだった。そのニーマン・マーカスが破産申請。これは日本で言えばJフロントリテイリング(大丸・松坂屋・パルコ)が破綻したのと同じかそれ以上の衝撃だ。

 5月4日に破産法を申請した衣料品チェーンのJクルーに続き、2020年、米主要小売業2例目の経営破綻だ。その他百貨店大手のJCペニーも破産申請を検討しているという話も巷で流れていて、コロナショックによる米百貨店の苦境が目立ち始めている。

米国百貨店の実態

 米百貨店業界は長年そのビジネスモデルの転換を求められながら大きな変化を起こせないまま淘汰、再編、統合が進んできた業界だ。
 百貨店は大都市中心の最も良い場所に大きな面積の店舗を構えて競合店を圧倒し、顧客を抱え込むビジネスモデルだったが、近年、都心一等地の地価は高騰し、現地店の維持コストが莫大にかかるようになり、そのビジネスモデルが崩壊しつつあった。土地や建物の契約更改時に地代や賃料が上がり百貨店の収支を圧迫するというケースも様々な場所で起きている。

 1990年~2000年代の大型ショッピングモールの乱立、2000年~2010年代のECの台頭等による小売業の転換期が次々と到来し、その度に百貨店は顧客を奪われていき、既に青色吐息の状態だった。
 百貨店は生き残りをかけて百貨店方式といわれる消化仕入れ方式からSC(ショッピングセンター)方式というテナント賃料を基本とした方式への切り替えを図ったが、一等地の高い賃料を安定的に支払えるテナントは限られており、百貨店は次第にその魅力と存在意義を失いつつあった。
 この傾向は近年特に色濃く、ニューヨーク市マンハッタンでは100年以上続くニューヨークの老舗百貨店ヘンリ・ベンデルや、アメリカでもっとも古い百貨店の一つであるロードアンドテイラーといった五番街の老舗百貨店が2018年から2019年にかけて次々と姿を消した。日本でも有名な老舗高級百貨店のバーニーズ・ニューヨークが経営破綻したのも2019年のことだ。
 ニューヨーク市マンハッタンは一等地である反面、家賃が高騰しているため閉店する店が続出している。消費者の購買チャネルがどんどん拡大している現代において、量的な成長を見込めない百貨店業界は進化しなければ淘汰されることを如実に示しており、永続のための新しい成長の原動力を得ようと必死になっている。

米連邦破産法11条って?

 米国企業が経営不振になった際によく出てくる「米連邦破産法11条」について、あまり馴染みが無いと思うので簡単に解説する。
 これは英語ではChapter 11 of the United States Bankruptcy Code(通称:チャプターイレブン)と呼ばれ、アメリカ合衆国連邦倒産法の第11章のことを言う。(※倒産法11条ではない)
 チャプター11は民事再生法と同じく“再建型”なので潰れた会社が自ら債務整理案を作成して法律的に債務を強制的に断ち切り、事業を継続しながら経営再建を目指す。なので、米国連邦破産法11条の申請手続きを始めた=会社が潰れるということではない。
 会社を潰す清算型は別途米連邦破産法第7章(通称:チャプターセブン)という別の章に定められている。
 また、企業がチャプター11に基づく手続き開始後に旧経営陣に経営を任せつつ行う新たな資金調達(融資)をDIPファイナンス(※DIP=Debtor in Possession(占有を継続する債務者))という。ニーマン・マーカスは再建のための資金として今回、6億7500万ドル(約720億円)のDIPファイナンスを確保した。チャプター11は再建型なのでうまく進めば再建するのだが、リストラクチャリングの過程で閉店店舗は出てくるだろう。そうするとそこに出店しているテナントも売り場を失うので影響を受ける。日本でも百貨店の休業が関連事業者へ波及していてその影響が懸念されている。
 ちなみに、コロナショックを受けて2020年4月の米国チャプター11の申請数は前年同月比26%増の560件にも及んでいて経済への影響の大きさが如実に表れている。

国内百貨店は大丈夫?

 時代の流れに耐えきれず、コロナショックによって経営破綻の危機に晒されているのは米国老舗百貨店だけではない。日本の百貨店も相当に苦しい。
 2019年10月の消費税増税により国内消費は弱っていた。そこにコロナショックによる1月の旧正月の消失によるインバウンド需要の蒸発、春の卒業式・入学式などの特需の消失等、書き入れ時を次々と失い、大ダメージを受けていたところ、緊急事態宣言による営業自粛で首を絞められ窒息死直前だ。
 三越伊勢丹ホールディングス(HD)、大丸・松坂屋のJ・フロントリテイリング、阪神阪急百貨店のエイチ・ツー・オーリテイリング等の大手百貨店は軒並み前年同月比30%~40%前後の減収。インバウンド消費(免税)に関しては前年同月比97%減という百貨店もあり、厳しい状況に置かれている。
 日本百貨店協会がまとめた資料によると百貨店の2019年の売上は5兆7,547億円で、ピークであった1991年の9兆7,130億円から4兆円も売上が消失している。

 「ユニクロ」などファストファッションの台頭や、少子化、消費者の購買行動の変化、ECの台頭で高額な百貨店アパレルの需要が減った。百貨店というビジネスモデルは既に限界を迎えていることは百貨店自身も認めているところだ。商品の定価にはテナント代や人件費などが上乗せされているのでECとの価格競争には勝てないし、何より店頭に足を運ぶ手間がない。
 各社とも構造改革を進めてきたが、大きな流れを変えるには至っておらず厳しい状況が続く。

百貨店業界の今後

 緊急事態制限が解除されても経済が本格的に回り始めるのはまだ先の話だ。ワクチンが開発され、世界規模での普及が可能にならない限り、経済は正常に機能しないだろう。人々が職場に戻ったり、店舗が再開したりしても、経済が一気に回復し始めるわけではないのでV字回復は期待薄だ。
 諸外国のように感染者の接触経路追跡の徹底、医療用マスク「N95」の供給、抗体検査などが十分に実施されなければ、人々は安心して生活できない。

 緊急事態制限を解除し、経済活動を始めるにあたっては”ロックダウンを続けるコスト”や”失業者の数”という経済的指数をみながら医療崩壊を起こさないギリギリのバランスを取らなければならない。
 アメリカの著名な政治学者であるイアン・ブレマー氏は「今生きている人全てにとって、人生最大の出来事になる。10年分の変化を18ヶ月で体験することになるだろう」と語る。
 人の価値観が大きく変わり、行動変容が起こるとき、災禍が大きなきっかけの一つになるというのは歴史的事実だ。人の価値観が変化していく中で、どの業界においても、その物の本質が求められるようになるだろう。

 我々はどれだけ楽観的に考えても、新型コロナウイルスのある世界を生きていかなければならない。コロナショックの後、観光地に客は戻ってくるだろうが、ECの便利さに気付いた客は今迄の百貨店には戻らないだろう。
 ただ、人々がコロナショックにより人と人との繋がりの重要性とに気づき、ダイレクトコミュニケーションに求めている”何か”がぼんやりと見えてきている気がするので、コロナショックを生き抜いた百貨店業界が提供する新たな価値にを期待したい。

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