カルボナーラが着地した日本
料理の稿です。
たとえばイタリアの料理を、日本に輸入してきてさぁ、作ってみましょういただきましょう、となったとき。
やはり、どういう形で輸入するのか、という、リスペクトとセンスのせめぎあいがおこるものです。
どういうことかと申しますと。
たとえば日本がアメリカの "Sushi" を見たとき、カリフォルニアロールやフルーツ寿司に果たして日本料理の背景が見えないことに憤慨したり慨嘆したり、あるいはその斬新な現地ならではの発想に感嘆したり。
しかしやはり日本でも、ラーメンやカレーを魔改造しており、罪も賛も甘んじて受け入れよう。人のことは言えないのだ。
とまぁ、そういうところであります。
外様の料理がその土地に土着する、というとき。現地の形を踏襲すべきは踏襲し、ローカライズすべきはローカライズする。その塩梅が最良となったとき、その料理は外様といえどその土地で長く愛されるようになる、というわけです。
翻って、カルボナーラ。
料理については日本人は最近とみに勉強量が多くなっており、カルボナーラの語源が炭焼き職人(カーボ)にあることや、卵を熱で固まらせすぎたカルボナーラを出した店は死刑に処すべきなど、けっこうな知識を有しております。
ですが、その勉強量が発展しすぎ、現地の形を「そのまま」踏襲すべき、というところにこだわりすぎる方が、先頃散見されるように私は感じます。
実はカルボナーラにかぎらず、パスタ全般、あるいはその国の料理全般にいえることですが、「現地の」その料理には、当然のことながら店の個性ごとに「ばらつき」があるものなのです。
カルボナーラに焦点を当てるならば、実はぼっそぼそに卵が固まったカルボナーラを出す店は「イタリア」現地にもあるそうです。
(Youtuberをなさっているイタリア料理店小倉知巳氏の言葉より)
卵も、全卵を使ってる、黄身だけ使ってる、パスタが太い(タリアテッレを使用)、あるいは細い(スパゲティーニを使用)等、現地においても店によってさまざまで、つまりは「正解」の作り方などはなく、すべてはそのお店のシェフの「発想の裁量」こそが正解であり、いわば個性の域にある、ということでしょう。
ちょうど、日本で「醤油ラーメン」と言ったとき、その正解はなく(いや鶏ガラスープに濃い口醤油、ナルトと薄いチャーシューとネギだけのものこそ正解である! という原理主義の方もこれまた散見されますが)、なにの原材料を使って出汁をとり、どの醤油、どの具材を使って醤油ラーメンを具現するかというのは、やはりお店の個性、店主の裁量に依存しているわけであります。そもそも、二郎だって煎じ詰めれば醤油ラーメンです。
そこまで分かっていて、じゃぁ自分はどんなカルボナーラを目指すのか、と問われれば。
まずは現地の、いちばん基本、オーソドックスに則って作ってみて、そこから自分なりの個性を探っていく、というのが回答への近道であると思われます。
カルボナーラの正嫡は、それをローマに求めるならば、チーズはペコリーノ・ロマノ。肉はグアンチャーレ(豚のホホ肉を塩漬けしたもの)を用い、オリーブオイルは用いず、豚を焼いた脂身のうまさとチーズのコクを卵の黄身でまとめて太めのパスタを食べさせるところに妙味がある、といったところでしょうか。
ですが。
これに倣って実際に作ってみると、いくつか再考を促したい点があることにきづきます。
ここからは、カルボナーラの基本や正嫡、あるいはかくあるべしという「型」からは離れた、あくまでも私個人の好みと感想からの言葉とはなりますが……。
グアンチャーレとペコリーノが合わさると、特有の酸味が強すぎる
黄身だけではもったりとしすぎており、食味が重く最後のあたりで食べ飽きがくる
ややぬるい
この三つが改善点として挙がってきます。
具体的に申しますと、じつはグアンチャーレもペコリーノ・ロマノも、独特の酸味を有しており、これが合わさると、二者に慣れている現地人はいいのでしょうが、一般的日本人である自分には酸味が強すぎるように感じてしまいます。
また、ただでさえチーズと豚の脂でもったりしているところに卵の黄身でコクを加えると、余りにも一皿が重くなり、一人前100gのパスタの半分、50gを食べたところで「もういいかな……」という気になります。
そして、黄身だけにすると凝固点はたしかに全卵の時より上がる(白身の方が低い熱で固まるため)のですが、それでも高温にしてしまうとぼそぼそになる、というところから、およそ60~70度あたりがこの料理の最高温度となってしまうところに限界があり、これは日本人の自分が食べるにはやや熱さが足りないように感じるのです。
ではこれをどのように改善し、個性をだしていくか、という風に考えますと。
先の小倉知巳氏の動画、あるいはクラシルに出演されていた原田慎次氏の言葉が、ヒントになるかと思います。
それは。
グアンチャーレの代わりに、塩をした豚バラ肉の拍子切りを使う
チーズは普通のクラフトのパルメザンチーズを使う
卵は1人前あたり、全卵1個、卵黄のみ1個、合わせて2個を使う
牛乳を入れる
オリーブオイルを使う
にんにくを入れる
以上になります。
意図としては。
まず豚バラを拍子切りにして、強めに塩をしたものを40分くらい冷蔵庫で置いといたものを使います。これは、グアンチャーレを模したもので、かつ、グアンチャーレ特有の発酵臭、酸味が軽減されています。
また、クラフトのパルメザンチーズはペコリーノ・ロマノに比べるとやや軽い味であり、カルボナーラくらい多めに使う料理ですと、これくらい酸味を抑えた軽い味の方が口当たりは良くなると考えてのことです。
また、卵も、1個だけ全卵を使うことでやや軽い味にすることを考えます。
ですが、これによって卵の凝固点は下がってしまうので、卵の熱による凝固を抑えるために牛乳という不純物を入れてやることで、凝固点を上げます。
ただ、ここまで軽い味を選んでしまうと、カルボナーラ特有の味の重厚さがなくなり、いわばペラッペラの悪く言えば「インスタント様の」味となってしまうので、「クセ」を乗せるためにつぶしたにんにくをオリーブオイルで煮て香りを出すことで重厚感を調整します。
また、オリーブオイルの香りで豚一辺倒の脂にやや清涼感を加えることも狙っています。
結果として、油はオリーブオイルと豚の脂の2がけとなってしまい、やや油過多なパスタとなってしまいましたが……そこはそれ。そういうのは嫌いではないので、由とします。
では、作っていきます……。まぁ、作り方は、普通のカルボナーラと一緒です。自分は、豚はカリッカリにするのが好きなので、豚の拍子切りはベーコンくらいの大きさに薄切りにして、焦げ茶色になるまで焼いています。
出来たものがこちら。
パスタはスパゲティを使用し、カルボナーラにしては細めの麺となっています。
もう少しパスタ湯を加えて、ソースを延ばしてやってもよかったかもしれません。麺に絡みすぎています。その点は次回の課題ですね。
味は申し分ないです。カルボナーラは豚とチーズのコクで食べるものだ、と思っている自分には、実にずっしりとしたよい一品でした。にんにくも、思ったような仕事をしてくれています。グアンチャーレ、ペコリーノ・ロマノを抜いたことで失ったクセを、別方向から補ってくれています。
ごちそうさまでした。
また食べたい一品でした。