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暮瀬堂日記〜水引との邂逅

 公園、と言っても往来のついでに造られたような小さな場所である。
 昼を回ったばかりの日差しは、色づいた枝葉に濾されて洩れ日となり、ベンチに佇む頬に格子を施していた。買物の道すがらに足を止め、もうこれと言った句材は期待出来ないだろうな、と思いつつ、辺りを眺めていた。

 水を止めた水路に沿って木の葉が散り、紅葉した桜葉が青空と混ざり朱になっていた。犬を待ちくたびれた狗尾草は退屈し、睡魔に抗えぬのか時々舟を漕いでいる。
 腰を上げて路傍に足を踏み入れると、蚊が驚いて夢から覚め、日向ぼっこをしていた蝶がその様をみてクスリと笑った。蚊は再び眠ろうとして羽を休めたが、驚いたことに、選んだ寝床は水引の花であった。


 なぜ驚いたか。何年も探していた水引草が、足元にあったのである。東京に居を転じて以来、ようやく目にすることが出来た。眼福とはかくの如き邂逅にこそふさわしきもの。
 
  探すのをやめて見つかる水引草

 などを記し、しばらく赤い花穂を眺めていた。すると、ゆっくりと昇って来た蟻が蚊の手前で足を止め、触覚で蚊の体を調べていたが、深い眠りに落ちた蚊は、夢の続きに没頭していた。

  水引を櫓がはりに昇る蟻

 蟻は水引の先まで行くと、触覚を空に向けて何者かと交信しているようだった。そんな様を見ながら得た一句である。


(新暦十月ニ十九日 旧暦九月十三日 霜降の節気 霎時施【こさめときどきふる】候)

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