暮瀬堂日記〜無花果(いちじく)
昼下り、公園の路傍に車を停めて休憩に入ると、同郷の井田さんが、トイレのついでに散策に出掛けた。
そんなに広くないので程なく戻って来ると、無花果が生っていた、と教えてくれた。
それでは、と私も車を降り、見に行ってみたが、探せないので、暫くうろうろしていた。甘夏蜜柑の実は大きいので何度も目に入ったが、中々見つけられずにいた。
ーー仕方無い、もう帰ろうか
と踵を返した時、初老の男が空に向かって指を差し、
「無花果っていうんだよ」
と言うのが耳に入った。思わず私も空を仰ぐと、下から見上げた子供の視線と、ちょうど無花果の辺りで交わったのだった。
熟し気味のもあれば、まだ若いのも枝に下がり、仄かに青い空に実を預けているようだった。
男は、人差し指を下ろすと、なぜ無花果というのか、という説明をし始めていたが、子供は余り興味がない様子であった。
指さして無花果の名を子に教ふ
デザートの代わりに作ってくれた、母の甘露煮が思い出された。
(新暦十月ニ十七日 旧暦九月十一日 霜降の節気 霜始降【しもはじめてふる】候)
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