暮瀬堂日記〜田を打つとき
気がつけば、節気が立春から雨水に変わっていた。七十二候も「土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)」となり、雪解や春雨で土が潤い出す、「春泥」や「土匂ふ」季節である。
相模川に架かる厚木の座架依橋を渡って土手沿いの道に降りていると、耕運機が田を起こし始めていた。
かつて実家にあった古小屋には牛舎の名残があったが、牛は既になかった。機械登場以前、田起こしなどは牛馬に頼っていたのを感じられる唯一のものであったが、今はその小屋も解体されている。
かへす田やよそにも牛を呵る声 三宅嘯山
牛も喜び鋤田を出づる力瘤 山口誓子
風のまにまに田掻牛追ふ声す 高野素十
私はこのような光景を前にすれば憐れみに顔を背けてしまいそうだが、それを乗り越えてこその馭者なのだろう。
生きかはり死にかはりして打つ田かな 村上鬼城
何ということだろうか。この鬼城一句によって田んぼが語られてしまっているではないか。親から子へ受け継がれて、そこから逃れられない足跡が見えてくる。
行けど行けど一頭の牛に他ならず 永田耕衣
耕衣は何を見たのか、生まれてから死ぬまで耕し続ける牛の姿に、求道を続ける仏の歩みを見てしまったのではないか。遠のいてゆく牛の後ろ姿の何と尊いことだろうか。
畔の牛田を掻く牛や目は空に
私に見えるのは、誰にでも見える空であった。
(二〇二一年 ニ月十八日 水曜 陰暦一月七日 雨水の節気 土脉潤起 【つちのしょううるおいおこる】候)