多文化共生と外国人へのこころの支援

多文化共生社会における日本語教育研究会 第16回研究会「多文化共生と外国人へのこころの支援」に参加しました。
精神疾患は、家系的・遺伝的なものだとされ、社会的な偏見の対象となってきました。個人の精神的な弱さに起因すると捉えられている部分もあり、精神疾患を患うことがその人の社会的な脆弱性を示すことに繋がってきたとように思います。そういった社会的偏見が精神科への通院を躊躇わせ、本人の心への負担感にも繋がっていると思う。

私は、日本語学校で教員をしているのですが、自分が接している限りで言えば、メンタルの問題を訴える学生が急激に増えているというのが実感としてあります。
なにかこの問題に対するヒントがないかと思いこの研究会に参加してみました。
講師の先生は、大正大学人間学部 鵜川晃先生。
研究会資料から自分が日本語学校で直面している問題に直接関わりそうな部分を抜粋して紹介します。

日本語学校で起こっている精神疾患問題 

資料の紹介の前に、実体験としての日本語学校における精神疾患問題について。もともと、寝られない、やる気が起きないということを言う学生は一定数いました。その原因としては、受験勉強、進学対策の塾通い、アルバイトで疲れた、スマホで遊んでしまったという外的な要因を挙げる学生が多かったのですが、ここ2年ほどは、不眠症、鬱、精神的な不安感といった内的な要因を訴える学生増えてきました。
最初はそういう学生もいるよね、くらいに捉えていましたが、そんな学生があれよあれよという間に増えていき、統合失調症の発作で大騒ぎになったりということが起き始めてきました。
国で既往歴があったのか、異国のでストレスが原因で発症したのかはっきりとはわかりませんが現実として精神疾患を抱える留学生が増えているというのは事実だと言っていいと思います。


外国人の精神疾患の発生要因 

1  自国にいた時より自分の社会的地位が下がったり、生活が苦しくなったこと
2 その国の言葉を話せないこと
3 家族がばらばらになっていて家族を呼び寄せられないこと
4 その国から歓迎されていないと感じること
5 同じ国の出身者と会うことができないこと
6 難民のようにやってくる以前に大きなこころの傷を抱えていること、あるいは
ずっとストレスにさらされていること
7 移り住むことによって精神的に不安定になりやすいのは
高齢者と思春期のこどもたち 
※異文化適応速度の違いによる家族内スプリット(世代間分裂)

要因を並べてみると、異国の地での疎外感、孤独感が大きな要因になっています。こういった要因ので発症する精神疾患。それを悪化させる予測因子が以下になります。

一次移住者(労働や勉強)のメンタルヘルス悪化の予測因子

・低い教育水準
・移住して間もない
・特定の地域に属している
・過去の精神疾患の病歴
・過去の身体疾患
・過去の入院歴
・新たな国の宗教とは異なる宗教の信仰→資料ではこうなっていますが、自分の国とは異なる新たな国の宗教信仰だと思われます。
・新たな言語が学べない
・社会的サポートの不足(自分化、多数派集団からの文化的疎外感)
・不十分な社会的ネットワーク
                 +
家庭・家族関係の問題
仕事の困難(搾取、期待に対する失望)=メンタルヘルスの問題への発展の可能性

新たな環境に対する適応の難しさ、挫折、過去の既往歴、サポートの不足、低い教育水準に起因する理解不足。
外国にくるという行為そのものが精神疾患の要因となる上に、留学生の年代は、思春期からは少しズレているが近い年代が集まっている。日本語学校は精神疾患を発症してもおかしくない環境だということが言えると思います。


うつ病

生涯有病率:男性 7〜12%    女性 20〜25%
好発年齢:20代(18から29才まで:60代の3倍)
持続期間:1年以内に50%回復
再発率:50〜60%
予後:長期観察研究では15%が自殺

移民の発病率は上記の7倍になるそうです。
移民のうつ病にの特徴としては
・心理的表現を用いず身体に表現される(頭痛、喉が詰まる、体が重いなど)
・治療においては文化的配慮が必要。薬物治療に関する抵抗が大きいこともある。(どの説明モデルが一番納得できるのかを聞く)
・ストレス障害→適応障害→うつ という経過をたどる
ただし、ストレスも全く無い方が良いわけではなく、適度なレベルのストレスはあった方がよく、適度なストレスを与えてくれる仕事や勉強などをこなしたときはよくやったと労ってあげることで集中力アップや実力発揮などが期待できる。

ここで紹介されているデータを見ても、日本語学校という環境で精神疾患が発症するのはむしろ当然だという気さえします。日本語学校というのは腰掛けのような存在。次のステップに進むための通過点であり、そうあるべき場所。そうであるがために、日本語学校で感じる挫折や孤独は耐え難いものなるのではないかと思います。


うつ病 SEGICAPS(シギキャップス)を覚える

sleep(眠れない)
energy(元気ない)
guilty feeling(申し訳ないと思う)
I nterest(興味喪失)
concentration(集中しない)
Apetite (食欲ない)
Psychomotor Retardation(動きが鈍い)
Suicide thought (死にたい気持ち)

上記症状のうち5つ以上が2週間つづくことでうつ病と診断。
頭文字を取ってシギキャップスと呼んでいるそうです。
心理的表現ではなく、身体表現で表される外国人のうつ。身体症状を訴えてこられたら、シギキャップスを確認することが有効。
シギキャップスには聞き方があり、寝られていますかというクローズクエスチョンではなく、ここ2週間ぐらい目が覚めたあとどんな気分ですか、夜中に目が覚めたりしますかや1番元気な時が100としてどれくらいの気持ちですかといった、出来るか出来ないかではなく、その質はどうなのかといういう質問の仕方をするのが効果的だそうです。
移民、難民らが文化適応をするプロセスで、抑うつ的、意欲低下を伴うのは正常な反応、うつ病というより「今困っていること」に働きかけるという視点で対応する必要があるということでした。

自殺のサイン   予測は困難

・感情が不安定
・周囲からのサポートに拒否的/サポートを失う
・投げやりな態度
・激しい口論や喧嘩
・引きこもりがち
・過度に危険な行為に及ぶ(家出、失踪)
・アルコールや薬物の乱用
・身の回りの整理
・不自然なほど明るく振る舞う(嵐の前の静けさは自殺を決意した人にみられる)

上記のサインが出たら要注意だが、熟練の精神科でも自殺を予測することは非常に困難であるということでした。サインと合わせて以下の状況に陥っていないかチェックする必要があるでしょう。

自殺と精神病:予防    ライフストーリーの聴取
1  負担感の知覚:自分の存在が周囲の負担や迷惑になっているという認識
2  所属感の減弱:孤独や社会的疎外  ※この二つが揃ったとき=絶望感へ
3  身についた潜在能力:自ら命を絶つという大変な行動を決行する能力。
自傷・自殺未遂、暴力を含め様々な程度の恐怖や疼痛を伴う体験を繰り返すことで身につく。希死念慮があってもこの能力がなければ自殺まで至らない。


統合失調症   認知と生活の障害の病い
 


統合失調症(精神分裂病)とは  6ヶ月症状が継続

・症状: 陽性症状(幻覚、妄想、興奮)
                陰性症状(思考の障害、引きこもり、無為、自閉)
・発病年齢、有病率:10代〜30代前半
                                    人口比  0.8〜1%ほど
                                    統合失調症の発症率はどの民族、どの国においても約1%
・経過:① 再発を繰り返しやすい
              ② 再発を繰り返すたびに機能が低下する
              ③ 慢性化しやすい
              ④ 生活の障害がでやすいのでリハビリテーションが必要
・治療: 薬物療法、リハビリテーション、心理教育

移住者集団には統合失調症が多いという研究結果が出ている。精神病は移住しやすいという傾向、ストレスが引き金となり発症する。
国で発症し、行き場のない人を外国へ送り出す傾向もあるそうで、病気で国ではどうにもならないので、とりあえず海外へ行けば何か状況が変わるだろうと送り出されてくる有病者がいるそうでうす。

統合失調症の回復

1 比較的長い時間を要し、挫折も多いが、周囲の適切な支援によって「場」を得                     れば安定した予後をもつ人も多い
2「疾病」と見るより「障害」と見る視点が大切か
3  先進国より後進国のほうが回復が良好である?  

移民の統合失調症の留意点      
・妄想と事実の境界が難しいので自国の常識を当てはめないこと
    話の文脈を確かめ、その国の文化的風土などを注意深く調べる
・狂気はどこの国でもスティグマの対象なので診断告知には気をつけること
    コミュニティでは想像以上のスティグマの対象である。
・十分に服薬の説明をしないと続かないか周囲がやめさせる。
    家族や親戚にも理解を得ていないと継続的治療は困難。


まとめ

日本語学校で働いていて、気になっていて改善したいと思っていたこと。
学生が日本語学校に帰属意識を持っておらず問題点を共有する相手とみなしていない。なにか問題を抱えていても学校や教師に相談をせず孤立していく。
同国人の友達が力になることも多いが、個人的な問題を話し共有できる相手がいるケースはそんなに多くない。
今回の研究会で知ったことと、肌感覚で感じていたことに共通している部分が多く、納得した部分と危機感を感じた部分とあった。
心のトラブルは起きるものであるという認識のもと、適切なタイミングでのサポートをどうするか。

日本語学校は留学生にとっての腰掛けに過ぎない。
そんな学校への帰属意識の希薄さが問題を大きくしている気がしてならない。
学校が安心して頼れる場所であり、心を許せる仲間がいる場所である。
そういった場所へ日本語学校をしていくことが目指すべき方向かなと思いました。


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