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長所と短所って表裏一体だったりしない? ADHDな私の話|1ヶ月書くチャレンジDay10


今回もいしかわゆきさんの『書く習慣』からお題をお借りします。本日は「自分の好きなところ」について。


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実は私はADHDと診断を受けています。

子どもの頃から一つのものに熱中しがちで自分の興味のあるものに突っ走っていき、よく迷子になり、その上とんでもなくドジでとにかく抜けている子どもでした。日常的にこけるし、電信柱に額をぶつけるし。

しかしある程度「しっかりしたふり」が上手だったのと、弟の多動のほうに目が向けられがちというのもあって、大人になるまで特に発達障害を疑われることはありませんでした。

抑うつと自律神経の問題により15歳の頃から心療内科に通っていた私ですが、ADHDと診断を受けたのは成人を過ぎてからのことです。

「あまりに不注意とぽんこつを連発すると社会人としてやっていきづらい」ということで、服薬を開始することに。今でも、服薬をすることで自分の中の「不注意」や「ぽんこつ過ぎる行動」を抑え仕事をしています。

幸いなことに、私は服薬のおかげでだいぶ衝動や不注意がコントロールができるようになりました。

正直薬はそういった面を「抑える」だけなので完全になくなったわけではありません。今もぽんこつな行動は続いていて、今日も不注意で階段から転げ落ちたくらいです。笑うしかないくらい、ぽんこつ。

人によって「しんどさ」のキャパシティは異なるので、人のことをどうこう言うつもりはありません。あくまで「私の話」なのですが、私は衝動的で不注意な自分の一面も案外好きだったりします。

Webライターをしていても、いろいろなことに興味が湧くのでリサーチ作業が楽しくて楽しくてたまらなかったり。執筆にしても、一度熱中し始めるとご飯を食べるのも忘れて一心不乱に書いて書いて。けれどそれがまた楽しかったり。

実際、服薬をする前は「アイディア」で頭の中が忙しく、それを発散するために小説を執筆していた時期もありました。ある程度本格的に書いていたのですが、薬を飲み始めるとともに全くと言っていいほど自分の中のクリエイティブな部分がなくなっていくのを感じて。

執筆は当時の私の生きがいだったし、ずっと、「いつか本を出してやる」という気持ちでいました。そしてそんな自分が好きでした。

しかし社会人としてやっていくうえでは困ることのほうが多くて。結局、私は服薬を選択しました。服薬に後悔はないです。しかし、確かに、クリエイティブな自分が好きでした。

今の私には今の私にできることがあると思います。少しばかりクリエイティブな部分は減っちゃったけれど、それでも当時の私にはできなくて今の私にできる部分もいっぱいあるはず。

薬を飲んでいると「薬を飲み始める前と今の私、どっちの自分が本当なんだろう?」と不安になることも正直あります。しかし、どちらの自分も、本当の自分だと思うんです。

今を生きる自分の好きなところも、たくさん見つけていきたいな。

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