Day567 「Aであれば、Aをほしがる必要はない!」
今日は、ごくあたりまえの事実を確認するところから始めます。
もし、あなたが水だとしたら、水を飲みたいとは思わないでしょう。
まったく同じように、あなたの心が「信頼そのもの」であれば、誰かから信頼される必要もありません。
あなたの心が「安心そのもの」であれば、安心を得るための努力をしなくてすみます。
私たちは、口では「愛など信じない」と言っても、心の奥底では他の人から「愛されること」を願っています。
なぜそうなのかは、私たち自身をどう捉えるかによって2つの見解に分かれるはずです。
私たちを「個別に切り離された身体」とみなすなら、その理由は、
「愛されないと集団の中で生きていけないから」
になるでしょう。
そうではなく「形のない愛そのものである存在」だとすれば、愛されたい理由は、
「自分が何であるかを忘れてしまったから」
に違いありません。
ここで私の人生を振り返ってみます。おそらく、その大半は前者の「集団の中で生きていくために愛されること」を目指してがんばってきたように思います。
多くの人から愛された証しとしてのお金や地位や名声を必死に追い求めていました。最大の関心は「他の人からの評価」で、それが得られるなら平気でウソをついたり、大切な人を裏切ったりもしました。
不思議なことに、愛されようとすればするほど人を嫌いになり、心の中にその真逆の怒りや憎しみが湧き上がってきます。
緑の本にも書いたように、あるときから私は、次のような疑問をもつようになりました。
「私は自分やこの世界を大きく見間違えているのではないか?」
そうしてたどり着いたのが、先の2つめの見解だったのです。
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いまをしあわせにする週3ワーク「今日のグッドバイブス」
平日の月水金に、一日を安心して自由に、ありのままの自分で過ごすための提案を贈ります! 将来のことが不安で何も手につかないとき、怒りやムカつ…
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