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感想:映画「君たちはどう生きるか」

スタジオジブリ、宮崎駿監督、映画「君たちはどう生きるか」について感想をつづります。

私は「千と千尋」までは見ましたが、「ハウル」「ポニョ」「風立ちぬ」は見てないので、それらの作品も見てからのほうがより深い感想を書けるのでしょうが、見てきた範囲だけで書いてみます。

(以下、ネタバレ)

あの作品は、端的にいって、「母と息子」の話でしたね。宮崎作品はこれまで「父と娘」についてはよく描かれてきたのですが。

主人公の少年は冒頭、火事で母を亡くします。懸命に母にすがろうとするも、母は炎の向こうに消えていく。その後、変転を経て、異世界に迷い込んだ少年はそこで行方不明になっていた継母(母の妹)と会うのですが、少年がいくら、もがいても、継母に触れることができません。

のちに、異世界で母が少女の姿をして少年の前に現れます。一旦、はぐれた後、少女は駆けてきて「怖かった」といって少年に抱きつく。あの場面が同作の核だったでしょう。

少年がいくら、あがいても母親にも、継母にも触れることができない。触れたい、抱きしめてほしい。その少年の願いをああした形で実現したのだと。

共に行動した2人が別れる際、少女は言います。「私は最後、どうなるかわかってる、でも、元の世界に戻って、また、あなたを産む」

子供期に母から愛されることの薄かったとされる宮崎監督。長い間、母の姿をどこかで追い続けてきたであろう監督が人生の最後に見出した、あのセリフが母と子の在り方の監督なりの回答だったのでしょう。

宮崎監督の作品はこれまで、父と娘の描写は丁寧に描いてきました。母は登場しても、娘との交流は描かれなかったり、あるいは母が娘に対し、どこか素っ気なかったりします。

本作では、これまで宮崎監督が心の奥底にしまってあったであろう部分、「母と息子」の関係を軸に描いています。宮崎監督は子供期に空襲を避け、疎開していた経験があります。また、一方で母親は病気療養のため、入院していました。

この時期のことが宮崎駿という人物の生涯の原点なのでしょう。「物語をつくることは自分の裸を人前にさらすようなものだ」とどこかで語っていた宮崎監督。その監督がようやく、全裸になって、さらけだしたのが本作だったでしょう。

幼い子供を置いて、母親が不幸な亡くなり方をする、母親は病気である、こうした描写や設定は漫画作品一般でも時折、見かけます。そうした描写がある作品を見ると、「この作者は親から愛されてこなかったのだな」と私は解釈しています。

「トトロ」でも母親は入院しており、娘が「お母さん、死んじゃうの」と泣き出す場面がありますが、あの部分をさらに深化させたのが「君たちは」だったのでしょう。

本作で描かれた宮崎監督のもう一つの苦悩。それは、監督が左翼思想、平和主義、共産主義に傾倒しながら、実家が兵器企業であり、特権的な暮らしを享受していたこと。それが作中、主人公の設定に反映されてます。

また、同世代の小学生が勤労動員として農作業にいそしんでいるときも、主人公は自宅にいて、あてがわれた部屋で本を読むことができた、これも監督の子供期の体験の投影だったでしょう。

こうした矛盾と後ろめたさから主人公は頭を傷つける自傷行為をする一方で、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」の一節、「人間は自分の非を非として認めることができる、それほどに偉大な存在なのだ」が心の救いになったのだと。

鈴木プロデューサーはピンとこなかったであろう、本作のタイトルも、宮崎監督の心の深いところから発せられたものだったと私は捉えています。

盟友の高畑勲監督も、「蛍の墓」で戦後間もない時期の不遇な兄妹の姿を描いていましたが、戦時中、子供期を過ごし、成長してからは平和と繁栄を謳歌した世代として、心のどこかに感じていた後ろめたさがあったのでしょう。

もののけ姫の時から恒例になっているのが、「これで引退します」と言いながら、引退を撤回することを繰り返してきた宮崎監督。前作の風立ちぬ、でも引退宣言しておきながら、後であっさり、撤回。

しかし、映画公開時で82歳の監督にとって、今度こそ、引退作であろうと思い、普段、映画を見ない私も今回は映画館に足を運びました。どうも、SNSでは評価が2分されていましたね。「よくわからなかった」と「よかった」と。

私は見てよかった、と思っています。細部では私も理解が困難な部分がいくつかありますが、そうした理解は時間がたってから、職業評論家がやってくれるのでしょう。

宮崎監督の周辺の人々、高畑勲監督もそうでしたが、これまで長く、一緒に作品を制作にかかわってきた人々が次々と鬼籍に入っておられるそうで。宮崎監督は今回は何故か、引退宣言を出していませんが、自分の終活も常に考えておられることでしょう。

宮崎作品は国内外で多くの人々、クリエーターに影響を与えてきました。子供のころにナウシカ、ラピュタ、トトロを見て、育った世代にとっては宮崎監督はまさに国民的アニメ映画監督です。監督が亡くなられた時には国葬儀をやりましょう。

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