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『ソフィ・カル ─ 限局性激痛』レポート (文:こたにな々)

---------------------------------2019.01.05-03.28 東京・原美術館

フランスの女性現代美術作家である、ソフィ・カルの個展。当個展は19年前の1999年〜2000年に同じ原美術館で開催した再現展であり、当時カルの日本初個展という事で大きな反響を呼んだらしい。制作前より、原美術館での開催を想定していた為、各作品のサイズやフォーマットが館内に合うように選ばれ、日本語版でまず制作された。終了後、全ての作品が同美術館に収蔵された為、今回の開催が可能となった。

個展タイトルにもなっている『限局性激痛』(医学用語で身体部位を襲う限局性(狭い範囲)の鋭い痛みや苦しみ)の通り、この個展はカルの失恋による「痛み」で満ちており、その後「治癒」へと向かっていく様子が二部構成で、写真やテキストで表現されている。

美術館の一階に展示された「第一部」は、カルの中国を経由しての日本への留学の様子が、写真とテキストに加え、切符や通帳や、勝手に持って帰って来たホテルの鍵や、愛する人への手紙など、執拗だなと思うくらいカルの手元に残った旅の残骸と記憶で構成されていた。(そこには人をよく観察する少し神経質なカルの性格があった)

「人生最悪の日」(「〇〇 DAYS TO UNHAPPINESS」)とカルが名付けたある出来事までの92日間を、私たちは一日ずつカルの記録と共に追って行った。最後、何かが起きる1日前では、「何かが起こった」事だけが分かり、しかしそれが「何か」は明確には分からなくて、私たちは二階に待つ「第二部」へと美術館の階段を登った。


-カルは愛する人に捨てられた。


20才くらい歳が離れていた愛する人はもともと自分を本当には愛していなかったかもしれない事や、カルが留学に行く事で相手を試せるかもしれないと思っていた事、カルが留学に行くのを嫌がったその人は女を作って自分を捨てた事、会う約束すらも適当な用事ですっぽかして、電話で別れを告げられた事。それを聴いたホテルの一室の写真と、それを告げた部屋の赤い固定電話の写真が強烈な記憶と共に執拗にそこに繰り返し展示されていた。

「◯日前 愛する男に捨てられた」という一文から必ず始まるテキストは、少しずつ思い出すように、(相手を、あるいは自分を)呪うように少しずつ文面を変えて、毎日毎日繰り返し書かれ、展開されていた。

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この「第二部」はカルの失恋がだんだん「治癒」していく様子が表現されたものなので、このテキストの反復は彼女の心の解放と治りを表しているんだけど・・・私にはそうは思えなかったー。

そして、その「治癒」の方法として、カルはこの失恋話を毎日違う人に聞いてもらい、そのかわりにその相手が一番辛かった体験をカルに話すという療法を試みており、カルの毎日続く失恋テキストに挟まるように、他の人の辛い経験が写真と共に同じようにテキストで展示されていた。

それは同じ失恋だったり、あるいは大切な人の死だったり、自死だったりしたのだけど、私はカルの心に夢中で、どんどん飛び込んでくるひどく辛い話にマヒしていた。読み流せるようになっていた。

私はもう、カルの心の行方だけが知りたかった。

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「第一部」では素っ気なくコピー用紙に小さく印刷されていたテキストが「第二部」では紺の布に白い糸で大きくしっかりと文字が刺繍されていた。

カルのテキストは日を追うごとに短くなっていき、次第に整理されていくようには見えた。確かにそういう風に展示されていた。

「悲痛」という事実だけに集約されていく。
繰り返される記憶の中の「ベッドルームと赤い電話」の写真。
刺繍の糸はいつしか白から焦げるように真っ黒くなっていて、布に同化するように濁っていた。

最後、カルはこの失恋を「それだけのことである」「ありふれた物語である」と言い切った。

これで個展は終わる。作品の意図としては、これでカルの「治癒」が完了した事になるのだろう。ただ、カルの心だけを追っていた私は納得がいかなかった。彼女は本当はスッキリしてなんか、立ち直ってなんかないと思った。

そう思うほどにテキストが私には軽かった。終始私が思ったのは、彼女の心は裂かれるように、もっと重いはずで痛いはずなんだ、と翻訳された日本語を見て考えていた。

しかし、執拗な「反復」という手法を取った事で、女の執念も、悲しみも、痛みも、諦めも、開き直りもそこには在って、必要以上に書き留める・記録を残すことによって、捻り出せる方法を私は手に取るように学んだ。

文章や感情を「反復する」という表現が持つパワーは強い。

この個展で感じる事はひとりひとり様々だろう。

私の友人は自身の恋愛観が整理されたと言い、もう一人の友人は体調を崩したと言う。女性と男性で受け取り方が違うのかもしれないとも思った。

私は自身の切なさも辛さも全て、飯のタネにしようと思った。彼女のように全て記録してやろうと思った。

そして、

ある男がソフィにあてた手紙の一文が私はとても好きだったので、最後に。


「ぼくはあなたに手紙を書く気にはならない。死んだふりをしていたい。」

2020年に閉館予定である、この原美術館で再び彼女の記憶と記録が展開され、その時間軸に巡り会えた事を私は心から感謝したいと思います。

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お読みくださってありがとうございました!

文:こたにな々 (ライター)  兵庫県出身・東京都在住  https://twitter.com/HiPlease7

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