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倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑱「8月のテキスト」

8月のテキスト


 古い雑誌が無造作につまった行李には「すべて¥300~¥800」の手書きの札がついていた。
 たしかに、手ずれも多く表紙がないものもあり、状態がよくないので、そのくらいでも妥当な値段に見えた。
 その中に古い夏休み帳があって、見ると三日坊主だったので思わず笑った。

「尋常三年二組ですね」

 名前も書いてある。
 堀川幸吉くん。

「日記の欄もある」

 毎日の課題として国語や算数の問題や社会科、理科の読み物があり、それぞれに小さく日記欄がついている。

「日記も三日坊主だ」

 8月1日。
 朝から近所の子と、このラジオを聞くため家に集まった。夏休みは正しく過ごすと抱負を記している。

 8月2日。
 近所の子と、すいかを食べた。

 8月3日。
 近所の子と、花火をした。

 学校に提出するものではなく、ラジオの夏休み講座のテキストのようだが、三日坊主ではご両親も嘆いたのではないかな。

「ラジオある家、お金持ちじゃないですか」

 フリーマーケット会場。売り手の主人は、にやにやしている。

「そうですねえ。友達呼んで。
 いや、それほどでもないですよ」

 まさか。

「多分、というか、それ、祖父の夏休み帳ですね。読み物を入れた行李だと思って、そのまま持ってきたんですけど、値札がないから、なにかの間に挟まっていたのかなあ」

 蔵の整理をし、売れるものは売ろうと決めたもので、その中に思いがけなく混ざっていた、というわけらしい。
 家族の記憶がある持ち物に、価値の上下を決める話はわずらわしく、状態も良くないので古書店や骨董商に見せようともあまり思わなかったという。

「家族の誰も、あまり読み物に関心がないだけなんですけどね。
 でも、これはちょっと売れないなあ」

 お祖父様はお元気ということである。読み物を売ることには許しを得たが、日記はそうではない。

「帰ったら、見せてやろうかな」

 三日坊主の記録を。

 行李にはほかに、少年倶楽部などの雑誌や漫画、子供向けの文学全集、飛行機や戦車の絵本があった。
 これも友達と読みあったのだろうか。

「これ、500円でいいんですかね」

 ほかの客が、何か一冊手に取って、主人に尋ねている。

「いいんです、いいんです。
 全部に書いてあるんですよ、〈ホリカワコウキチ〉って」

 幸吉くんは、これらを友達と読んで成長し、いまは、おじいさん。

 立派な抱負を述べ、すいかを食べ、花火をした。

 よい夏休みだったのかな。

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