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よりぬき倉沢トモエ

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更新中の「よりぬき倉沢トモエ」をまとめました。
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倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑳「スナックカンナ(米寿)」

スナックカンナ(米寿)  大学二年目の冬休みに帰省した。  俺の実家は最寄り駅の周りに田んぼしかないようなところだ。冬なので、見渡す限りはだかの田んぼで、寒々としている。  駅前に、地元に残った友達がクルマで迎えに来てくれていた。 「おかえり」 「ただいま」  クルマの礼を兼ね、駅で買った土産を渡す。  隣の家の、タダシだ。高校を卒業してからは地元の自動車整備学校に通っている。 「どうよ、大都会(笑)」  大学は東京ではなく、同じ県内の都市部にあるのだが、大都会(笑

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑲「びっくりした甥っ子氏。」

びっくりした甥っ子氏。  大学一年の夏休み。相変わらず山と田んぼしかない村にある実家に帰省した。 「1! 2! 3! 4! 5! 6! 7! 8! 9! 10!」  庭でアリを数えている甥のタイキくん三歳、10まで完璧だ! 天才か! 「11! 12!」  おっ? 「15! 13! 14! 20!」  文字列ヤバくなってきた! 「100! 111! 1000!」  どれだけアリがいるんだよ、うちの庭! 「ああやって生き物みてるからすぐ泥んこになるんだけどね」

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑱「8月のテキスト」

8月のテキスト  古い雑誌が無造作につまった行李には「すべて¥300~¥800」の手書きの札がついていた。  たしかに、手ずれも多く表紙がないものもあり、状態がよくないので、そのくらいでも妥当な値段に見えた。  その中に古い夏休み帳があって、見ると三日坊主だったので思わず笑った。 「尋常三年二組ですね」  名前も書いてある。  堀川幸吉くん。 「日記の欄もある」  毎日の課題として国語や算数の問題や社会科、理科の読み物があり、それぞれに小さく日記欄がついている。 「

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑰きょうの栞(九)「蔵書点検『リンバロストの乙女』④」

蔵書点検『リンバロストの乙女』④  それからまだまだ調査は終わらなそうだった。  やっぱり図書館の人って、そういう傾向がないと務まらないのかもしれない。アイスのこと忘れてるな。  心残りはあるけれど、そろそろ店にも戻らなければならず、私とフジシロさんはこのあたりで失礼した。 「学校の百年史には戦時中の記述があるからそれと、同窓会誌に何かあればねえ」  帰りの車でも、話は続いた。 「さっき田中さんにちょっとだけ聞いたのだけれど。  本が出てきたお家では、疎開した生徒を

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑯きょうの栞(八)「蔵書点検『リンバロストの乙女』③」

蔵書点検『リンバロストの乙女』③  "There never was a moment in my life," she said, "when I felt so in the Presence, as I do now. I feel as if the Almighty were so real, and so near, that I could reach out and touch Him, as I could this wonderful work of H

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑮きょうの栞(七)「蔵書点検『リンバロストの乙女』②」

蔵書点検『リンバロストの乙女』② 〈リンバロストの乙女〉または〈リンバロストの少女〉の原題〈A Girl of Limberlost〉。  母親になぜか憎まれて育った少女エルノラが、昆虫採集を通して自然の美しさに触れ、また生来の明るい性格で困難を切り開き、幸せになるお話だ。ランチボックスをプレゼントされる場面が好きだった。  本はかなり古いもので、表紙も元の色がわからない。太めの線画で花が描かれている。1909年の本ですって。  フジシロさんは手を洗ってきて、その本を

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑭きょうの栞(六)「蔵書点検『リンバロストの乙女』①」

蔵書点検『リンバロストの乙女』①  いつもの黄色い軽自動車。正門前で停車させる。  運転席から降りて、守衛さんの説明を受けながら、構内へ入った時間と名前と車のナンバーを名簿に記入した。 「創立百年超えてますっけ」  広い構内に、いくつも棟が並ぶ。  明治時代の、宣教師による英語塾から始まって、女学校、短期大学、大学と、大きくなっていった学舎。  図書館は、その合間にひっそりとある。  戦時中、空襲で一度半焼したそうだ。 「黒ずんでいるのは、その時残った部分なの」 「本

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑬きょうの栞(五)「1センチ。1.5センチ。」

1センチ。1.5センチ。  フジシロさんの道具箱の中には、不思議なものがある。  プラスティックの下敷きを切ったような、一センチ幅の切れ端。長さは五センチくらい。  同じくらいの長さで、一・五センチのものも。それぞれに〈1〉、〈1.5〉と、マジックペンで書いてある。 〈1〉は、公共図書館の時に使っていて、〈1.5〉は大学図書館の時に使っていたそうだ。  何に使うかというと。  本の背にラベルを貼る時に、位置の目安に当てる定規だ。地から一センチ上。または一・五センチ上。

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑫きょうの栞(四)「シノザワさんの糸」

シノザワさんの糸  目の前には地図が一枚。 「どうしよう」  絵本の付属品が地図だった。  読んだあとに冒険のおはなしを振り返るためのもので、島の様子が一望できる。冒険の思い出(おやつを食べた場所、怪物に出会った場所)の地点もわかる。サイズはA3横。四つに折られている。絵本本体のサイズはB5横。 「封筒でポケットを作って見返しに貼って、そこに入れる方法がまずひとつ。幸いこの本、見返しにイラストがないから、いける」  フジシロさんの話を神妙に聞く。 「でも、それでも

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑪きょうの栞(三)「アメリア・イアハート」

「アメリア・イアハート」  その日は宮部書店の黄色い軽自動車で、小学校図書室に納品に行った。それぞれバーコードラベル、背ラベル、フィルムが装備済み。コンテナ五個。台車で往復。 「こんにちは」  図書委員の生徒たちとオカシマ先生がカウンターで貸出をしていた。バーコードリーダーが、ピッ、ピッ、と鳴っている。 「宮部さん、お世話さまです」  納品書と内容を読み合わせて検品する。  まんがの偉人伝全集。動物の図鑑シリーズ。昆虫の図鑑シリーズ。宇宙の図鑑シリーズ。スポーツがう

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑩きょうの栞(ニ)「フジシロさんの道具箱」

フジシロさんの道具箱 装備の仕事に慣れてくると、だんだんこまかなことがわかってくるようになった。  私が受けているのは、本の外側にかかわる部分で、登録の仕事はまた別なものだということとか。  小学校の本の仕事が主なので、読み物の装丁が凝っているものがたまにあり、それに苦戦しているとフジシロさんに助けてもらえることとか。  わからないことや迷ったときは、フジシロさんに訊くとだいたい解決するので助かる。  彼女は最初大学図書館に勤めて、そのあと私立の中学と高校の図書館に勤めて、

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑨きょうの栞(一)「タイプライター」

タイプライター  タタタン、タタタン、と、店の奥では打鍵音。  祖父がひらいた宮部書店《みやべしょてん》は、町内にあるひとつだけの本屋。昔は何軒もあったけれど、最後の一軒になってしまった。  小さな書店は、本の売上を上げるだけでは追いつかない。  本の装備の手間賃も、大事な収入源だ。  今、宮部書店の奥で私はタイプライターを打っている。指定通り請求記号をラベルに打ち込む作業だ。    * * 「志保里《しほり》ちゃん、器用だよね?」  ご高齢のため店を閉めると挨拶

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑧そうしたら、跳べる。

そうしたら、跳べる。  陸上部顧問のサトヤマ先生は体育でダンスを指導する時でも、たとえば右腕をまっすぐ伸ばすというこの動作ひとつに、 『脇の下を伸ばすつもりで』  と指導する。  なんだろう、と最初は戸惑うのだが言われた通りにすると、脇の下を意識しなかった時よりも伸ばす動きが格段に綺麗に見えるのだ。 「これね、正確には上腕三頭筋のあたりなんだけどね、」  筋肉解説は、誰も聞いてないんだけど。  そんな先生なので、イワナガがあと少し跳べれば中総体を目指せるらしい、と

倉沢の短編シリーズ「よりぬき倉沢トモエ」⑦〈女王の七つの海〉

女王の七つの海  次の仕事は豪商・中野栄屋所有〈女王の七つの海〉だとボスが言う。見た目ありふれた金剛石のブローチだと。 「それでいて不幸を呼ぶお宝みたいですよ」  だが、なんでこのトンマと組まされた。〈袖切り忠次〉。前身はケチな掏摸らしい。嫌がらせか。 「そんなもんどうするんだ?」 「その〈不幸〉についての詳細な日記が先日オークションにかかったのは覚えていないかい?」 「ああ。落札したのは、戸田山伯爵」  世界中の奇妙な逸話があるお宝に目がない華族さまだ。  代々宮廷