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銀細工 さじ 佐藤奈穂子さんの作品における記号性の論考

銀細工作家の佐藤奈穂子さんは、記号を扱う天才です。

アメリカ史上最高の哲学者パース(表題画像)によれば、記号は、現実の具象物から、アイコン→インデックス→シンボル、と段階的に抽象化されます。

例えば犬のイラストはアイコンで、イラストのモデルとなった現実に生きている、その犬と強い結びつきがあります。

犬のキャラクターは、インデックスです。そこには、現実の犬を離れて、犬一般のかわいらしさや人懐っこさを切り取ったイメージが内在します。

言葉の「イヌ」は、シンボルです。もはや現実の犬の姿とはまったく関係がありません。言語で「あいつは権力のイヌだ」というような言い方があるように、イヌ以外の存在物や概念に、内在するイメージや意味を投影できます。つまり現実におけるイメージや意味の結びつきから、独立して使うことができます。

佐藤さんは、作品を製作するにあたって、現実の具象を大切にされます。必ず岡山市の池田動物園に出かけて、モチーフとなる実在する動物個体を愛情を込めて詳細に観察されます。そこから佐藤さんの感性で、その個体の性格や性質を抽出し、それをキャラクター化し、アクセサリーを創作されます。完成した作品はインデックスとしての記号性を持ちます。

筆者が特に傑作だな~と思うのが、佐藤さんによるマスクチャーム作品「探険するカメ」です。

佐藤奈穂子・作「探険するカメ」

甲羅があって、そこから頭と脚と尻尾が出ている、生き物としてのカメ一般を図案化した作品です。特定のカメではありませんが、誰が見てもカメを表していると判ります。つまりインデックスとしての記号性をもつ存在です。

カメ一般は、鈍重で粘り強いというイメージで、好奇心や俊敏さとは対極にあります。カメから想起される姿勢というものは、地面と平行に真っ直ぐ彼方を見つめるか、あるいは、地面を見ながら、ひたすら平面を歩んで行くイメージです。

佐藤さんは、そんなありふれたカメのイメージに対抗して、カメが前上方に伸び上がる姿勢を造形して、私たちに意外性のインパクトをぶつけてきます。そして極めつけは、「探険するカメ」と名付けることで、カメ一般のイメージからは対極に位置するような性質をカメに与えます。それが、こころをくすぐられるような何とも言えないおかしみを惹起します。

2cmほどの小作品ですが、記号生成過程におけるインデックス・レベルの意外性と、シンボル・レベルの意外性との、二重の意外性性を備えた大いなるアート作品です。

筆者は、佐藤さんの知的なユーモアを備えたアート作品群にぞっこんです。


表題画像 ジョセフ・ブレント(有馬道子・訳):パースの生涯. 新書館, 2004; 扉ページ. チャールズ・S・パース(1875年, ベルリンにて)


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