見出し画像

逆縁の画家〜小野竹喬・熊谷守一〜

今、岡山で特別展が開催されている、小野竹喬(生誕130年記念 小野竹喬のすべて、笠岡市立竹喬美術館、令和元年7月6日〜11月24日)と熊谷守一(熊谷守一いのちを見つめて、岡山県立技術館、2019年9月28日〜11月4日)は、共に同時代を生きた逆縁の画家です。逆縁とは、親に先立って子が死ぬことを言います。

小野竹喬(おの・ちっきょう)は、41歳のときに次女・秀子が17歳で死去します。54歳のときに長男・春男が26歳で戦死します。春男は、弟子を採らなかった小野竹喬にとって、唯一の後継者だったので、同時に二つの大きな存在を失いました。ちなみに、56歳の時には、妻を亡くしますので、愛する家族を相次いで失ったことになります。1)

熊谷守一(くまがい・もりかず)は、48歳の時に4歳の次男・陽(よう)が肺炎で急死します。52歳の時には、生まれて間もない三女・茜を亡くします。67歳のときに長女・萬が21歳で結核のために亡くなります。2)

小野竹喬も熊谷守一も、それぞれ89歳(1889〜1979年;明治22年〜昭和54年)と97歳(1180〜1977;明治13年〜昭和52年)の長寿を全うし、死の直前まで画業を続けています1)2)。二人は生涯に渡って画風を変え続けましたが、逆縁をきっかけに、普通は目立たなくて気に留めない、自然のなかの小さな変化や差異に意識が向かうことになります。

倉敷の大原美術館には、熊谷守一が、次男・陽が死んだ日に枕元で描いた「陽の死んだ日」が所蔵されています。

熊谷守一・作「陽の死んだ日」(1928年)大原美術館蔵3)

後に守一は、この作品について次のように語っていたということです。「苦しい暮らしの中で三人の子を亡くしました。次男の陽が四歳で逝ったときには、陽がこの世に残す何もないことを思って、陽の死顔を描き始めましたが、描いているうちに“画”を描いている自分に気がつき、嫌にになって止めました」と4)。

「陽の死んだ日」が1954年に大原美術館に所蔵された経緯について、画商の山本孝氏が語っているには、長らく個人所蔵されていたが、山本氏が大原總一郎に持ち込み、洋画市場の中では敬遠すべきであって、個人が手にする絵ではなく、美術館が持つ絵だといって、買ってもらったとのことです。

一ヶ月ぐらいして總一郎から電話があり、絵の中に息子さんの死んだ日付まで書いてサインがしてある。息子さんの命日に、赤いバラを熊谷家に届けてくれと言われたとのことです。命日に赤いバラを届けると、夫婦で感激して、普段、他人を入れることのない画室に通されたとのことでした。後に山本氏が熊谷守一の画集作成のために、絵を東京の送った折、熊谷夫婦に見せたら、夫婦で泣かれたとのことでした。5)
今、作品は、大原美術館分館の東側展示室に常設展示されています。展示室に入ってすぐ、二番目の作品です。

(2019年10月6日)

追記

大原美術館というと西洋美術で有名なイメージですが、日本美術も充実しています。日本美術のための施設、大原美術館分館は大原總一郎の時代に増築されました。美術館のコレクションは總一郎の時代に、西洋と日本の近代・現代美術や工芸、中国やオリエントの古美術品など幅広く豊富で多彩なものとなりました7)。

美術館の学芸員に聞いたところ、作品の購入はすべて總一郎が決定したとのことでした。その基準は、既に(評価が)完成しているもの、誰もが観たいものは要らない。まだ(評価が)未完成のものを選ぶということでした。一例として、美術館には無名時代の草間彌生(くさま・やよい)の作品が所蔵されています。若き日の草間彌生の作品は、日本で初めてノーベル文学賞を受賞した川端康成も生前に所蔵していて、今、姫路市立美術館で開催されている、「生誕120年 川端康成の美とコレクション展」で観ることができます6)。大原美術館所蔵の近代日本美術の何点かは、後に重要文化財に指定されました。川端康成は、後に国宝に指定される古美術品を所蔵しました。

二人は、時代に先駆けた、独自の優れた審美眼をもっていたと言えます。


引用文献

1)笠岡市立竹喬美術館・編:生誕130年記念小野竹喬のすべて. 小野竹喬美術館, 2019. P154-163

2)熊谷守一・著, 三井麻央・他・執筆:熊谷守一 命を見つめて. 青幻社,2019. P215-226.

3)大原美術館Ⅱ日本の絵画と彫刻ー20世紀の名品ー. 財団法人 大原美術館,
2015. P24

4)熊谷守一:熊谷守一画文集 ひとりたのしむ. 求龍堂, 2008. P24・25

5)藤田慎一郎・著:大原美術館と私ー50年のパサージュー. 山陽新聞社, 2000, 190-193.

6)大原美術館(柳沢秀行, 孝岡睦子)・編:大原總一郎生誕100年記念展 大原總一郎の美術館創造. 大原美術館. 2009.

6)水原園博・編・執筆:巨匠の眼 川端康成と東山魁夷. 求龍堂, 2018. P121-123.


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?