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自分が透明になってしまったように感じます

コラム795:自分が透明になってしまったように感じます

 最近、古い友人たちに会えて、とても嬉しかったのですが、逆に、ネガティブな気分の時には、会えなくなった友人たちのことも考えてしまいます。

 なぜ、連絡をとれなくなったのか、最後に会ったのはいつだったか、何か不快なことを言ってしまったのではないか、など、考えを巡らせてしまいます。

 でも、本当の友人は、時を超えてもまた会えて、元に戻ったように時を埋められるとも思います。

 ただ、50歳代にもなると、自分の存在が薄くなるように感じることもあります。村上春樹氏の小説に出てくる30代くらいの女性の言葉を思い出します。うろ覚えですが、「若い頃は皆、私に話しかけてくれたけれど、最近は自分が透明になったように、以前とちがう」というようなセリフがありました。私も、20歳代の時には、たくさんの新しい出会いがあって、それぞれがエキサイティングだったり、新しい体験だったり、人生が多くの色で彩られていた気がします。でも、最近は、普通のおばさんとして風景に溶け込み、誰の目にも映らなくなったようにも哀しく感じることがあります。おばさん、という存在は無害なものなので、着目されにくいのでしょうが、透明人間になったようなのは、辛く感じます。

 自己肯定感が低いのに、自己顕示欲が強いのかもしれません。誰か、気づいてよ、という甘えがあるのかもしれません。もう少し自分に自信をもって、目的のある人生にしたいなあ、と思うのでした。取り留めもない上に、暗くて失礼しました。

2024年3月22日

クララ

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