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ぼくと弟とおばちゃんのぼうけん


#創作大賞2023

   ぼくと弟とおばちゃんのぼうけん

 ぼくは伊東浩介。小学二年生。

 千葉県の奥のほうのにあるローカル線。小湊鉄道の駅から十分ほどの小さな川のほとりにある小さな2軒つづきの家に住んでいる。

 いまは夏休みで、ぼくには行きたいところがある。

「ねえ、おかあさん、東京のデパートでやってる妖怪展に連れて行ってよ」と仕事から帰ってきたおかあさんに頼んだ。

「東京なんて、おかあさん車で行ったことないもん、ダメよ」とおかあさんはいった。

「別に電車でもいいよ」とぼくはチラシをにぎりしめてくいさがった。

「電車なんか、もっと無理だよ。千葉までしか行かないもん」

「旅行とかなら行くじゃない」とぼくはいった。

「旅行はだれかといっしょだし、時刻表とか日程とか自分で決めなくたって、連れて行ってくれるもの」とおかあさんはいう。

 そこに、同じ敷地内におじいちゃんたちと住んでいるおばちゃんが帰ってきた。

「どうしたの、浩ちゃんはおかあさんにおねだり?」とおばちゃんがいった。

「ああ、おねえさん、お帰りなさい」とおかあさんがいった。

「浩介ったらね、東京の妖怪展に連れて行け、っていうんですよ」

「浩介、どこでやってるの?」とおばちゃんが聞いた。

「銀座のデパート」とぼくはこたえて、持っていたチラシを見せた。

「銀座ねえ。木曜日もやってるのね。あたしが連れて行こうか」とおばちゃんがいった、

「えっ、いいんですか?」とおかあさんはいったが、心配そうな顔だ。

「おねえさん、浩介が行く、って、いったら、亮太だって行く、っていいますよ」

「いいじゃないの、ふたりとも五井のショッピングモールにはよく行くもんね」とおばちゃんはいった。

「やったー」ぼくはガッツポーズで叫んだ。

 

 ぼくのおばちゃんは、ちょっと変わっている。まっすぐに歩けないし、話すとよっぱらいがしゃべっているように聞こえる。指の動きもぎこちない。

 それなのに千葉の歯医者さんで、受付の仕事をしているって、おとうさんがいってた。

 

 おばちゃんはおとうさんのおねえちゃんだ。

 このまえ、友だちがおばちゃんの勤めている歯医者に、治療に行って、おばちゃんが受付で仕事をしているところを見たんだって。

「浩介んちのおばさんてすげえな。歯医者でパソコンでカルテ作って、診察券作って、治療代計算して、予約とってくれたよ」といった。

「なんで、おばちゃんとこに行ったんだよ」とぼくは聞いた。

「うちのおかあさん、おばさんと小学校から高校までいっしょだったんだって。だから、歯が痛い、っていったら『佐紀ちゃんとこに行こう』って、連れて行ってくれたんだ」といった。

 そうなんのだ、ぼくの住んでいるところは田舎だから、親たちも知り合いが多い。

 だから、ぼくのおばちゃんのことも、知っている人が多くて「浩ちゃん、佐紀ちゃんのことを変だとか、思っちゃおいねえぞ。佐紀ちゃんは障害があっても、頭がいいし、がんばりやさんなんだからな」という。

(おいねえはこの地方の方言で、いけない、という意味、お年寄りがよく使う)

 そんなことは、いわれなくても知っている。

 おとうさんなんか、「算数の宿題はおれに聞いてもわかんねえからな。ねえちゃんに教えてもらえ」という。

 ぼくが妖怪に興味を持ったのは、おとうさんが読んでいたマンガを見たのが最初なのに、保育園のときに、妖怪辞典を買ってもらったときも、

「自分で読めなかったら、ねえちゃんに読んでもらえ」って、なんでもおばちゃんまかせ、だったんだからね。

 夜、弟の亮太に、東京に妖怪展を見に行く、といったら、やっぱり、

「ぼくも行く!」といった。

 弟って、とくだな。ぼくは小二で初めての東京なのに、亮太は保育園の年長なのに、もう東京に連れて行ってもらえる。

 

 木曜日の朝、小湊鉄道で行くのは大変だからと、仕事に行くおかあさんがJRの五井駅まで送ってくれた。

「いい、あんたたち。おねえさんのあとをちゃんとついて行くのよ。迷子にならないのよ」とおかあさんがうるさい。

「わかってる、ってば。迷子はおばちゃんの方があやしいよ」って、ぼくがいったら、

「だから、心配なんじゃないの!」と、おかあさんがいった。

「ああら、あたしだって、ちゃんと見てるから大丈夫よぉー」とおばちゃんがむくれていた。

「うそですよ。ちゃんと信用してますよ。お願いします」といって、おかあさんの車が駅のロータリーから消えていった。

「快速に乗れば、一時間くらいで、東京だからね。そしたら、地下鉄に乗り換えるからね」

「わかった!」と、ぼくと亮太は同時にうなずいた。

 エレベーターで駅に行って、券売機で切符を買って、自動改札を抜けて、エスカレーターでホームに降りたらおばちゃんがいった。

「いちばんまえに乗るからね、この辺は混むから、一番まえの車両に行くと座れるからね」

 一番まえの車両はホームの端っこだった。

 ぼくたち兄弟は、小湊鉄道で五井までは来たことがあるけれど、券売機も自動改札も初めてだった。

 小湊鉄道は無人駅ばかりで、切符は駅で乗ってから車掌さんに行き先をいって買う。

 五井はぼくたちにとっては都会だ。

 東京はどんなところなんだろう。ドキドキしてきた。

 そんなことを思っていたら、長い電車が入ってきた。

「乗るよ」とおばちゃんがいった。

 さあ、行くぞ。妖怪展だ! 

 

「浩介、亮太、起きて、次の駅で降りるからね」とおばちゃんがいった。

『もう、降りるの? さっき乗ったばかりなのに』とぼくはいった。

「あんたたち、乗ったらすぐに寝ちゃったわよ」とおばちゃんはいって、亮太にリュックを背負わせている。

ぼくも慌ててリュックを背負って、人をかき分けて、駅に降りた。

 目の前に長いエスカレーターがあったけど、ホームを歩いて大きなエレベーターに乗って、地下二階で降りた。目の前に自動改札が見えた。

「おばちゃん、地下に出口があるの?」

「そうだよ、地下鉄に乗り換えるからね」といって、亮太とぼくの手を引いて、おばちゃんは歩きだした。

 周りにいろんなお店が見える通路を歩いて、また切符を買って、駅に入って、階段を下りたらホームがあったけれど、ずっと塀のようになっていた。

 電車が入ってきたら電車の扉が開くのといっしょに塀が開いたので、ぼくたちは急いで乗り込んだ。椅子に座ろうとしたら、おばちゃんが、いった。

「次で降りるから、座らなくていいよ」

「えっ1」と思っている間についちゃった。

「着いたよぉー、あそこの出口から出たら、デパートの地下だからね」とおばちゃんがいった。

 デパ地下、ってやつだ。本当に美味しそうな食べ物がいっぱい売っている。

 五井のショッピングモールにも、お店はいっぱいあるけれど、比べ物にならないほどのお店がある。

 東京のひとって、いつもおいしいもの食べてるんだなぁ。

 ぼくんちの近くには、小さなスーパーがあるだけで、ハンバーガー屋さんもファミレスないもんね。

「浩介、食べ物はあとだよ。妖怪展は八階の催事場だからね。エレベーターで行くよ」とおばちゃんがいった。

「おにいちゃん、デパ地下すごいね。エレベーターもすごいね、金色だよ!」と亮太も口を開けて驚いていた。

 エレベーターが八階に着いて、妖怪展の入り口には人がいっぱいいて、びっくりした。

 そこで、弟がこうふんして叫んだ。

「おにいちゃん、すごい、ぬらりひょんだ、大きい」とポスターをみていった。

 こいつ、妖怪に興味あったのかな、最近ぼくは妖怪辞典をひとりで読めるようになったから、おばちゃんのところに読んでもらいに行かないけど。

「亮太にも買ってあげたよ、妖怪辞典。お兄ちゃんが貸してくれない、っていうから新しいやつ」とおばちゃんがいった。

「ずるい、ぼくも欲しかったのに!」

「ケンカしないで、とりかえっこして読めばいいじゃん」とおばちゃんはいい、亮太に、

「また、読んであげるからね」といった。

 仲良しのふたりを見てぼくはなんだかつまらなかった。

「それより、ほら、入れるよ」とおばちゃんに言われて、会場に入ったら、本にのっている妖怪たちが、いまにも動き出しそうにリアルに描かれていて、本物はすごいなぁ、と思った。

 混んでいるから、ゆっくり見ていられなくて、あっという間に押し出されてしまった。

 会場を出口の先に塗り絵コーナーがあって、好きな塗り絵を塗っていいことになっていた。

「おにいちゃん、塗り絵だ、やろうよ」

「塗り絵やるのかぁ、ぼく、本買いたい」とぼくはいった。

「せっかく来たんだから、やっていこうよ」とおばちゃんがいうから、塗り始めたら面白かった。

 夢中で塗っていたら、おばちゃんが「あんたたち、お昼ごはんはどうするの」といった。

「ううん、いらない、もっとやる」とぼくたちはいった。

 気がついたら、おばちゃんが。怖い声でいった。

「帰るよ、君津行きの快速は、一時間に一本しかないんだからね」

「えっ、もうそんな時間なの」とぼくはいった。

「ぼく、おなかすいた」と亮太がいった。

「だから、お昼は、って聞いたでしょ」とおばちゃんがいった。

 だめだ、おばちゃんは怒ってる。本当に帰らないといけないんだ。

 ぼくたちは、塗り絵をリュックにしまって、エレベーターでデパ地下に降りて、地下鉄の駅に走った。

 来たときと、反対側の電車に乗り、東京駅に着いたところで、時刻表を見たおばちゃんがいった。

「あ~あ、君津行き、行っちゃったよ。次の快速は千葉行きだから、千葉駅でごはん食べようか?」

「駅でごはんが食べられるの?」とぼくはいった。

「食べよう、食べよう」と亮太がいった。

 なんにも考えてないな、こいつは、とぼくは思った。

「こんどは、一番うしろに乗るからね」とおばちゃんがいって、また、でっかいエレベーターで地下四階に降りた。

エレベーターやエスカレーターの近くは混むからね、一番まえか、一番うしろに乗ると座れるかもしれないらしい。

東京始発だったから、ホームに電車がいて、座れた。よかったァ、と思っていたら、またおばちゃんに起こされた。

今度は亮太も起きていた。

「おばちゃん、ぼく、ハンバーガーが食べたい」と亮太がいった。

 千葉駅のホームも大きかった。どっちに何があるのか、わからなかった。

「おばちゃん、ぼくトイレに行きたい」とぼくがいったら、弟が「ぼくも、おしっこもれちゃう」といった。

 おばちゃんは、亮太を抱えてトイレに走った。ぼくも、あとを追って、男子トイレに入ろうとしたら、亮太も連れてってね、といったので、亮太を引っ張ってトイレに駆け込んだ。

 手を洗って出てきたら、おばちゃんがいった。

「じゃあ、外に出て、ハンバーガー屋にに行こうか」

 千葉駅も東京ほどじゃないけど、広い。

 おばちゃんは毎日ここまで電車で仕事に来ているんだ。すごいなぁ。

 千葉駅のフードコートは、五井のフードコートの何倍も広かった。

 おなかが空いていたから、ポテトがいつもの何倍もおいしかった。

「さて、あと少し電車に乗れば五井につくからね」とおばちゃんがいった。

「おばちゃん、小湊線に乗るのぉ―」とぼくは聞いた。

「疲れちゃったか、じゃあ、五井までおかあさんに迎えに来てもらおうか」

「うん、そうしよう」亮太が大きな声でいった。

 もう、おかあさんの仕事が終わる時間なのか。

 すごいなぁ、朝出かけて、おかあさんの仕事が終わるまで遊んじゃったんだ。

 妖怪展、面白かったなぁ。

 今度はどこに連れて行ってもらおうかな?

 


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