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社内ハッカソンや合宿は、福利厚生の権利か経営施策の義務か

会社には福利厚生があります。雇用保険や厚生年金といった社会保険としての法律で定められたものと、会社が独自に用意するものの2種類に分けられます。ここでは、後者の話をします。

「(社内でやってる)ハッカソンは、福利厚生みたいなものだね」

そんな話をしたのが、今回の思索のきっかけ。私の経営するソニックガーデンはプログラマたちで構成されていて、彼らの仕事はプログラミングだけど、趣味もプログラミングだったりするような人たちです。

だから「遊ぶように働く」なんてことができています。そんな私たちは、ときには会社の仲間たちと一緒に合集形式でハッカソンをしています。以下は先月におこなった宮崎での様子。

他にも、「ビジョン合宿」といって開発を離れて、会社のビジョンや個人のビジョンのすりあわせを行うための合宿もしています。

普段、全社員リモートワークということで集まって働くことがない代わりに、割と多い頻度で合宿をしています。といっても、全社員が集まるのは大変なので、希望者を中心に10人程度ずつで実施しています。

こうしたハッカソンや合宿は、参加者する社員にとっては福利厚生の一環であり、会社にとっては経営施策の一環でもあるかもしれないという気付き。

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会社にとっては、チームワークを支える人間関係を醸成したり、新しい技術を検証する機会にしたり、経営者と社員で視点を合わせることであったりと、合理的な目的のある取り組みです。

一方で参加する社員にしてみると、そうした合宿に参加することが楽しいものであれば福利厚生になります。しかし、それが楽しくないのに参加させられるとしたら義務になってしまいます。

なんとなく一般的な考え方だと、経営施策は経営者のためであって社員には義務を強いるもので、福利厚生は社員のためであって経営はコストをいくらかけるのか、という別の軸で考えます。

しかし、経営施策であり福利厚生であるという表裏一体のものだと考えるようになれば、誰にとっても喜ばしい状態になるのではないでしょうか。

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そう考えると、社内の情報は基本的にオープンにしていることは、社員にとっては閲覧できる権利があるということですし、オープンな経営会議は誰でも経営の議論に参加できる権利です。

私たちの会社は、上司部下のヒエラルキーや部署がなく、セルフマネジメントで働く人たちで構成された組織です。(目指したわけではないですが「ティール組織」と呼ばれています)

そうした組織においては、会社で取り組んでいる様々な経営施策に対して、社員が自主的に参加することは、言ってみれば権利でもあり、ある意味では義務でもあるということです。

当人たちが義務感を感じることなく、経営に関与することこそが権利だと感じるような施策を作ること、義務ではなく権利だからと感じて参加してくれる人たちを採用することが、このマネジメントでは肝要になるように思いました。

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なんとなく福利厚生という言葉に対して「会社から社員に与えるもの」というイメージがあったので、ずっと微妙な気持ち悪さがあったのですが、このように考ればよいのかと思うようになったという話です。

そして今なんでもアウトソースできるようになっていることを考えると、たとえば「合宿に参加する」という権利が要らない人は必ずしも社員である必要はありません。もっとドライな関係で良さそうです。

私たちのようなスタイルの会社は、ある意味でコミュニティのような場なので、社員なのか社員でなくていいのかの境界線は、こうしたところにあるのかもしれません。

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