人は何故占いにハマるのか

以前わたしは知人から占い師のようだと称されたことがある。

私の中で占いというと不思議な力で先行きを見通してくれるスピリチュアルなもの。

私にそういった知識は全くないし、その人の未来を予見したわけでもない。

理解できずに確認した結果、知人にとっての占いとは、皆まで言わずとも的確に状況や自身の気持ちを言い当てる人のことを言うらしかった。

私からすればそれは心理学やカウンセリングの気がするのだが、それはさておき。

その経験からふと、占いというものに人が何を求めているのか何となくわかった気がした。

占い師はどんな自分の話でも聞いてくれる。何を話してもいいし、相手にどう思われるかなどと気を揉む必要もない。

その上でカードや水晶、あるいは手相といった感情とは切り離されたものを介し、好き嫌いでも善悪でもない、占いによって導かれた客観的な意見を彼や彼女はくれる。

それを信じるも信じないも自由。

アドバイスを聞く聞かないも自由。

誰に憚ることなく自分の話が出来、自身の人間性や思想に関係なく、温度のない冷静な答え(に思えるもの)が返ってくる。あるいは、言語化できない気持ちを代弁してもらえる。

そういうパーソナリティを評価されたり、脅かされない安心観、気楽さが、メンタルケアより占いへ、人々が流れる理由なのだと思った。


占いとカウンセリングはとても似ている。

両者の違いが何かといえば、そこに感情が絡むか否か。

占い師はある種の人たちにとって、伸び伸びと壁打ち出来る存在なのかもしれない。

普段自分をうまく出せなかったり、正論に追い詰められる真面目な人ほど、カウンセリングではなく占いの方が、安心出来るんだろうという気はする。そういう人たちにとって、人間性を否定されない、踏みにじられないということは何よりも大事なことだ。問題解決力はともかく、心理的安全性の面ではそういうわけで占いに軍配があがる。今のところは。

まだこの辺りはうまく言い表せられないけれど、兎も角、占いにハマる人がいるのもわかるなあと一人で納得した次第。

占い師の代わりをAIが担う日もくるのかもしれない。







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