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ひがし茶屋街

 面白いものは人のいないところにこそあるはずなのだ。レンタル着物を着ていたり着ていなかったり、連れがいたりいなかったりする人々が、乱立する甘味処や土産処にたむろし、狭い間口から奥へと吸い込まれてゆく。ちなみに連れのくだりは嘘で、連れがいないものはほとんどいない。  その真ん中の通りに何ほどのものがあろう。Kitsch!  こうして私は勇躍、脇道に足を踏み入れた。こういう者を天邪鬼、世間に横車を押して通る輩、もしくは単に阿呆と言う。  人が二人手を広げればもう通れなくなっ

    • カフェオレ・ボウルのこと

       「もののはずみ」で、カフェオレ・ボウルが欲しくなったのだった。  それは偶然という意味でもあれば、堀江敏幸のエッセイの題名でもある。フランス人が朝食の席で、ジャムやらバターやらが塗られたパンを、椀の中にたっぷりと注がれたカフェオレの中に浸し、食べ進めるうちに油が浮きパン屑が浮き、甘味が足されてよくわからない飲み物となったそれを、食事の締めとばかりに腕の縁と底に二本の指を危うく引っ掛けてぐいと飲み干す、その椀こそがカフェオレ・ボウルであるという。  堀江のこのエッセイを読

      • 往復書簡ゆのみのゆ 十二通目

        雨季さん、よし野さんへ ご無沙汰しております。今年は自分の中で公私ともに大きな出来事が重なる時期で、このお手紙も滞らせてしまっていました。 近況報告としては、実習、レポート期間、試験準備にそれぞれ一か月ずつ取られてしまい、それにワクチン接種で熱を出すなんて言うことも重なったのであまり自分を芸術に浸せている感覚がないのですが、一番衝撃だったのは『なっちゃんはまだ新宿』を観たことです。二年前くらいに友達皆が「なっちゃん、良かった……」と言っており、観ないとなあと思いつつ短い公

        • 往復書簡ゆのみのゆ 九通目

          雨季さんへ  ご無沙汰しています。こんなに長い間溜お便りせずにすみません。書かないと、という思いは頭の片隅にありつつも、少しずつ少しずつ先延ばしにしていたところ、前回のお手紙の日付を見て戦慄して、今これを電車の中で書いています。卒論の目処が立たず、図書館に行けば解決するような気がして、学校へ向かっているところです。  林芙美子がお好きだと前回の書簡でおっしゃっていましたが、わたしも好きです。少し前に、シベリア鉄道を経由して巴里に行った彼女の手記を読んだのですが、乗り合わせた

        ひがし茶屋街

          往復書簡・ゆのみのゆ 六通目

          雨季さんへ 卒論お疲れ様です。私も今年度は卒論や研究計画書に追われる日々を送る予定なので、戦々恐々としています。『雨月物語』映画になっているのは知っていたのですが、残酷な描写があることが分かっている映画に手が出ず、そのままになっています。文字の上での残酷な描写は最近大丈夫になってきたのですが、映像の中ではどうしても慣れません。以前大島渚『儀式』を観たのですが、途中がかなりきつかったです。でも画や構造は面白くて、もっと観たいけれどためらわれる、複雑な気持ちです。「吉備津の釜」

          往復書簡・ゆのみのゆ 六通目

          往復書簡ゆのみのゆ 三通目

          雨季さんへ こんにちは。お手紙を読んで、ちょうど私が話そうと思っていたことを問いかけてくださったことに驚いています。香央は「かさだ」と読みます。(難読)これは上田秋成『雨月物語』の「吉備津の釜」から取りました。主人公の吉備津神社の娘、香央の「磯良」が私の本名に近い漢字なので、もとは「磯良」の名でTwitterをやっていましたが、大学用の連絡アカウントとして「かさね」を作ったので、それに合わせて読みの近い「香央」に変えた、とこういうわけです。(ここで雨季さんが私の本名を知らな

          往復書簡ゆのみのゆ 三通目