アトリエ/不知火フレアの考察材料
アトリエ過激派として、調査事項をここに記します。
考察の種
まずは一回聴いてみて。
アトリエ
フランス語。15世紀ごろ。アーティストが仕事を行うための作業場。
広く大きい必要があり、光を取り込む窓が特徴。
MVのアトリエも窓が大きく取られており、この点を意識したものと思われる。
アネモネに関する情報
花言葉
白:「真実・希望・期待」
紫:「あなたを信じて待つ/悲しみ」
青:「固い誓い」
赤:「君を愛す」
ピンク:「待ち望む」
黄色:なし
オレンジ:なし
※アネモネそのものの花言葉:はかない恋
ギリシャ神話:"風"を意味する Άνεμος (anemos) から
→美少年アドニスの血より生まれた伝説あり。
→ゼピュロスが恋したアネモネを花にした伝説あり。
※今回は本数に関する資料が見つからないため考慮外
2人のフレア
ケープを羽織ったフレアは原画にてフレア(少女)とあるため、
以後はこちらを少女フレアと呼ぶ。
かばんのフレアはフレアと呼ぶ。
その他
収録アルバムの名前がCanvas。
アトリエにあるものでもあるため、意識されているかも?
MVにおける変遷
冒頭
「アネモネ:白」を持って扉を開けるのはケープを羽織った少女フレア。
鏡に手を触れ、振り返る。
この時の少女フレアは鏡の前。
タイトル。
♪:保険 言い訳
場面は移り変わって画材置き場?。
興味ありげに何かを気に留めるものを探すような仕草。
映るのフレアのほう。
冒頭から時の経過があるか。
はっとした表情。気付いたのは。
♪:未知数が~
視線の先に切り替わって、足元に散るアネモネ。
少女フレアから「♪奪えはしない」で差し出されるのは
白いアネモネ(期待・希望)。
次のカットにはたくさんのアネモネ。
♪:空を創ろう
フレア。笑顔で外を眺める。
視線を移すと顔を出す少女フレア。見守るような位置と開く扉。
♪:忘れてた少年の絵のように
フレアのツイートにもある一節。
リズムを刻むようなしぐさの少女。
フレアのほうは指で囲むしぐさ。指フレーム。
視線の先にいる少女フレアの後ろには冒頭にあった鏡が無い。
きらきらしたフレアの瞳→ばらばらになったアネモネの花束。
リボンを結ばれている。捨てられたわけではない?
たくさんの花束から分けられ、散っている。
♪:間奏
くすんで何も写さない鏡だけが残る。
アトリエにはだれもいない。
♪:想像して
紫のアネモネ「あなたを信じて待つ」
絵のない額縁に囲まれて思案をするフレア。何も描き上げられていない?
たくさんの筆は色を染み込ませてあり、使われている。
♪:不揃いな景色の中
額縁を覗く→少女フレアに場面が変わる。
迎え入れるように手を広げて、次に映るのはアネモネの花束。
はにかんで1輪。
♪:虹を
画面に複数のアネモネ:オレンジ:白:紫。
オレンジは特別な意味はないため、純粋に「はかない恋」?
退屈そうな様子→ピースサイン
ピースを向けた視線の先は誰?
紫のアネモネに口づけ。
扉を開く。
♪その心大胆に
扉の先には指でフレームを創るフレア。
フレームの先には少女フレア。
前の画面とは異なり、回転とポーズで動きが大きくなっている。
♪:去ったアトリエ
花束が分かたれる。
♪:間奏
空のイーゼル。鏡は無くなり、絵は描かれていない。
帰る場所は鏡。去った場所はイーゼル。
褪せていく色。
♪:どれだけ濡れても擦ったって消えない
濡れて擦るのは涙と思われる。
見上げて舞い散るアネモネの花びら。
フレアは笑顔だが心象は?(演出上、雨は吐露の意味が通例?)
アネモネが散っているが、散った色は不明。
♪:忘れてた少年の絵のように
色が戻る。
鏡に手を合わせるのは微笑むフレアと笑顔を失ったフレア。
オレンジの花びらが舞っているのは少女の世界。
カーテシーをもって舞踏はおしまい。
切り替わって、鏡の前にたたずむフレア。
♪:いつかは
鏡に映る二人。
鏡の中にだけアネモネがあり、鏡の外のフレアにはない。
歌詞の終わりとともに空のアトリエが残される。
その額縁は白い。
主観による歌詞そのものの解釈
歌詞のみの考察。
一人称が"僕"で"少年の絵"とあるので、歌詞自体は少年が主体と思われる。
冒頭。言い訳から始まる。
描いた夢が叶わないことを恐れ、理由をつけ目を逸らしている?
しかし、次節は未来と情景は未知に奪われたりしないと言う気持ち。
矛盾があり、弱さと強さが同居していると感じる。
想像は手にある力では作れないぐらい大きい。
目の前にある知らない空想の世界を開く扉は 重い。
一方で「開け」というフレーズには前向きさが感じられる。
目の前にある困難を切り開くという気持ちのフレーズと思われる。
憧れを思い描くだけでは足りなくなって、外の世界に出ていった?
世界に憧れてアトリエを空ける→巣立ち?
いつか帰るとあるため、憧憬を育んだ場所としてアトリエがあると感じる。
かきなぐって塗り替える→でも外はもっと変わっていく。
このフレーズは理想や想いと現実の乖離。
外で奮闘する中にある大きな現実とのギャップ。
棘が刺さっても走ってみたい。
"棘が刺さる"とあるため、そんな場所はいばらの道だろう、と思われる。
重い扉を開き、いばらの道だって進む。
道を創ろう。この道は自分の進む未来への道と思われる。
遠景は見えず、近くもままならないけど、自分を鼓舞するように扉を開けと続く。
心を大胆に染める→夢のために実現性が分からなくてもやるという決意。
結果を顧みない点に、アーティストとしての像が感じられる。
どれだけ濡れても擦っても。
→濡れて擦るのは泣くときと思われる。
どれだけ泣いても、現実はある。
描いた夢ではないので、泣いても変わらないということ?
あるいはこれまでの気持ちと歩んできた事実は消えない?
それでも夢を話していたい。
夢の全部を見るため、アトリエを出る。
まとめ
アトリエの歌詞は夢とそれに立ちふさがる現実と、結果を顧みることなくその夢を追う、という大きな希望を信じる歌詞と感じる。
アーティストとしてあるべき姿の願いのようにも見え、アトリエに存在する自分というものを夢想させてくるように見える。
音律も切なく、どこか叶わない夢であることでもあるように感じさせる点でも秘められた感情を強く輝かせているように思う。
一方で、フレアのMVはどうだろう。
個人的には信じているのはフレアじゃなくて
在りし日の夢の少女が、夢を描く自分を信じている
という構図なんじゃないかと思う。
フレアが目の輝きを失うのは最後のフレーズで、
それまでは輝いた瞳で少女の自分を見ていたはず。
最後にはフレームで見ることをやめていることから、
フレア自身は夢敗れて出ていった、ということだと思う。
プラスの意味であれば、少女のフレアからもらったアネモネの色は白か紫になるはずで、ほかの花言葉の入らない「はかない恋」「花びらの散る中の少女」の要素、「カーテシーによる演舞の終わり」が夢の終わりを強く思わせていると思う。
そういう意味で、MVはしっかりと「終わり」が描かれたものと思う。
ただ、そこに乗る歌詞には残るものがあるというもので、悲しみと切なさの中の輝きを見事に歌ったものだと思う。
さいごに
長々とした文章を最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
おそらく不知火フレアが大好きな方なのでしょう。とても嬉しいです。
重ねて私の解釈と拙い書き連ねをお付き合いいただいたこと、感謝いたします。
しかしアトリエは聞けば聞くほど実に名曲です。
やはり不知火フレアは神だった。最高の推しVです。素敵です。
私もまたこうやって楽しさを書き連ねていきたいです。
今回は以上です。
出典元
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