見出し画像

リコリス・リコイル~君の心臓〈セカイ〉を撃ち抜くエモい令和の弾丸。2022年7月~9月 #1:1984

 どこかで見たことのある明るい髪色と黒髪の少女のバディキャラクター、不殺主義の天真爛漫奔放な明るいレッドに頑ななエリート主義のブルーが心を開いていく、決して珍しくない少女で編成された軍事組織+喫茶店もの、ある意味手垢にまみれているが故普遍的な才能や死生観を巡るテーマ、暗躍する組織に謎が謎呼ぶストーリー、みんな大好きガンアクション……今さら感は大いにある。陳腐でさえある。

 しかし料理とはこの世界にただ一羽残ったドードー鳥のゆで卵を出すことではない。
 ヴィシソワーズにオマール海老のゼリー寄せ、黒毛和牛フィレ肉のポアレ、ありふれた素材の定番メニューでも料理人の腕と工夫次第ですべての人の舌をうならせる絶品となる。リコリス・リコイルはそんな作品である。
 そんなリコリス・リコイルは令和のアニメをリコイルする。

1984


 いいアニメは世界観が重要である。設定ではない。設定は世界観構築のための道具に過ぎない。

 どんな世界観に物語に描かれるかが重要である。
 
 平和神話を維持するために戸籍の無い孤児の暗殺部隊が治安を守っている……これによりディストピアジャパンの世界観が立ち現れる。少女や少女のイメージが無自覚に消費される現代日本の痛烈なメタファーである。武装少女自体がある種のフェティシズムといえよう。

このディストピアにおいては悪役テロリストのセリフが信憑性をもってしまうという演出。

 真島は高らかに皮肉る。「民度の高い国民だから?日本人ってすごーい!ってか? ハッ。取り柄のない奴に限ってカテゴリに誇りを持ちやがる。」この世界は日本スゴイのディストピアなのだ。
 
 3話でフキは私たち孤児を救って育ててくれたDAは親だ、とする。このDAに少女たちリコリスは疑問を持つことはないし、フキは誇りさえ持っている。
 たきはな当初DAに復帰することだけが目標で千束の「命大事に」にも懐疑的でありDAの価値観に染まっている。DAの目的は悪意さえ存在しない平和な世界。凶悪犯罪者を秘密裏に処刑する公的機関で有りながら法外の存在。この極端さは戦争や暴力から目を反らし、過剰なまでに平和と安全を求める日本への痛烈な皮肉だ。
 
 このDAは毒親の支配する理不尽な世界のメタファーである。戸籍も与えず日本国民ですらない少女たちから思考を奪い、銃で犯罪者を殺させる一方、おやつは花林糖しかないが、宮内庁御用達の食事、綺麗な制服、憧れの噴水付きの寮、充実した健康管理に福利厚生を与えている。
 厳しい訓練や手厚いサポートをされ、アフリカの少年兵とは明らかに異なるが余計に質が悪い。
 互いに競わせ狭い世界の中の序列に一喜一憂させる様は、ブラック部活のメタファーでもある。

真島の罠に嵌まり傷つき敗走しさらにリリベルに追い詰められるリコリス。銃器×制服少女の傷つく姿はフェティシズムを刺激する。それを消費の対象としてきたある種の自己嫌悪をも催させる。

さらに終盤、リコリスはリリベルという別系統の少年部隊によって冷酷に始末されそうになる。親は躊躇いもなく手塩にかけて育てた娘たちを殺す。
 
 全能の神、親のように振舞うDAではあるが、その本質はAIラジアータに統御された安全神話を国体とする古層の組織であり、真島とロボ太に攪乱される。
 会員制バーのデータをハッキングした「データしか信じていない人間はどんどんバカになるなあ」というクルミの指摘は実はポンコツと評するラジアータとそれに無批判に追随するDAに向けられたものである。DAは強圧的で硬直した無能な組織として描かれている。

遠くない将来、日本は滅亡したヴェネチアに似た観光国家として生き延びざるをえなくなるのか。

 また4話、喫茶店で千束はフランス語を流暢に操り、外国人観光客にメニューを読んでやるシーンがあったが、子供たちを犠牲にし外国人のための平和な日本を提供する未来のディスカウントジャパンのメタファーを見る思いでその皮肉に慄然とした。

クローン人間の「提供者」が人々の健康を支えているカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」。リコリスが守る平和と重なる。後に明かされた設定ではリコリスは海外の諜報機関に「出荷」される。非人間的に扱われる者が社会の存立に役立っているという皮肉なディストピア。


 リコリスはこの国の子供たちの置かれている理不尽、不条理のメタファーなのだ。
 
 設定がガバガバ、DAがバカ過ぎるというという指摘があったがこれはそのように造詣されているからである。
 世界設定そのものが優れたメタファーでなければならない。現代社会を舞台にしているとはいえ、非現実的な出来事が起こり、反応や常識も異なっているのは当然のことである。
「悪意さえ感じさせない平和な社会」は正にジョージ・オーウェル的な世界観であり、それを参考にした村上春樹のIQ84に空気感が似ているように察せられる。

IQ84もまた暗殺者の女と編集者の男の宿命的な再会の物語であった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?