1.17

急坂を下りてくると、道の向こう、まん丸な時計が目に入る。
ビルの2階に、眠たげなキリンの横顔に並んで、それはしずかにある。
長い横断歩道を渡りながら、はじめてその時刻を見つめたとき、
まぶたの奥に、煙、石、炎、ガラス、顔、もろもろ浮いてきた。
それからは、からだの奥の水を揺らさぬよう、
用心して横断歩道を渡っている。

一日に二度だけ、時刻を合わせながら、
時計は時間をながれている。
追いかけてこない時間、引き止めなくてもいい時間、
横断歩道を渡るあいだ、「今」が遠くなる。
ちいさな紙切れのような、使いみちのない時間を手渡され
いつもの駅へと向かう。

急坂を上るときは、時計のことを忘れている。
一度も振り返ったこともない。
坂を下りてきて、目に入って、あっと思い出す。
大事なやくそくを思い出すように、いっしゅん焦る。
時間を失くした時計と、私の待ち合わせは今日ではなくて、
また、駅へと向かう。


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