「美しい」とは何か
「綺麗」と「美しい」。
この二つの言葉の違いは何だろうと長いこと考えていたが、最近になってようやく答えを得た気がする。
「美しい」と感じるものには「悲哀」がある。
例えば、シンデレラと人魚姫。私の中でシンデレラは「綺麗」な物語。人魚姫は「美しい」物語だ。
シンデレラはこれまで虐げられていた悲しみを拭いさり、ハッピーエンドで幕を閉じる、白く綺麗な物語。
人魚姫は王子への叶わぬ恋の果てに海の泡となり消える、悲恋の物語だ。「美しい」物語だと、私は思う。
なぜ人魚姫が美しいと思うのかと聞かれたら、それは「悲しいから」だ。
白い布の端に、決して落ちることのない黒い染みがポツリと浮かび上がっているかのような、心の翳りが物語を美くしくたらしめている。
「美しい」には、「悲哀」がある。
勿論これは私の勝手な定義付けてあり、他人に強要しようとは思わない。自分の中だけにあるものだ。
「美しい」という言葉が、昔から好きだった。
その理由が今ようやく、わかった気がする。私はそこに含まれる、どうしようもない悲哀こそを好ましく思っていたのだと。
私はこれからも、多くの「美しい」に触れていきたい。
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