できないって何だろう?

最近「できる」とは?「できない」とは?何だろう?とふと思うことがあった。

私も「私ってできないんです」って言ってる時期が長かったし、今でも「これができます!」ってはっきり言えることってほとんどない。

できるかどうかわからんし、期待に添えるかもわからないけれど、その成果を得る為に、自分の持てる力や技術は全力で提供させていただきます、言い換えればそんな感じで物事に挑んでいる感じ。できますというより、やりますという方がしっくりくる。

けど、自分、できてるなって感じることもある。

自惚れでもなくて、事実、成果がきちんと出たりすると、できたって思う。

それって何なんだろう?ってずっと思っていたのだけど、シンプルだった。

できないって思うことを、できたって思えるまでやり続ける。それだけだった。

自分の思っている成果や結果にならないことだってザラにある。だとしたら?思っている結果に近づけるためには?って色々やってみるし、着地点を探してそこに落とし所を作ることだってあったし。

そうなるまでやり続けた結果、自信がついてきたり、体力がついてきたり。

最初から「できます!」ってやったことなんて、何もないかもしれないなって。

今でも、「できます!」って思ってやっていることなんて、何一つない。

結果を残すために、日々、色々と試行錯誤するし、うまくいかなかったことを、手を変え、品を変えしていくし、時には、他の方に客観的にみてもらってアドバイスしてもらうこともあったり。

ただ、自分が変わったなって思うことは、できないなって感じる時期も、悔しい気持ちもあるのだけど、その中でも、自分の感覚が少し変わったり、視点を変えてやってみたりする、その過程も味わえるようになったというか。

だから、できないっていうことを、悲観することがなくなったかもしれないなと。

時には、投げ出したくなることもあるのだけど、ひとっ飛びでできるようになったことって脆いから。コツコツ積み上げてできるようになったことがいざというときに力になるって思うから。

それに、最近は、身体が勝手に動いたり、自分の内側から答えが出たりすることも増えた。頭で考えてるうちは、なかなかできなかったりすることが、意外とスムーズにできたりすることもある。

「できない」を苦しくしない。

それに、呼吸をするように簡単に、当たり前に普段やっていることが、人から見たらすごいことだったりもする。

自分の特徴をどう捉えるか、できないをどう捉えるか。

見方も考え方も選ぶことができるんじゃないかな?と思うのでした。

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