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1番身近な人の声を聞く

昨日は、久々に友人との読書会。zoomでのお久しぶりの対面。
私は、この友人の作る空気感が大好きで、時間が作れた時は読書会に参加させてもらっていました。

そんな中、今回、読書会に選んだ本は、前に同じ学びの場で使っていた書籍。
人の話を聞くってどういうこと?どう聞けばいいの?みたいなことが書いてあります。

学んでいる間は、その書籍を何度も読んで、できなくて悶絶したり、初心を思い出したりしていましたが、学びから離れてからは、本棚の片隅に置いたまま開くこともなく。
昨日の読書会きっかけに、久しぶりに引っ張り出して、読み返しています。

読みながら、書いてある内容に対しての受け取り方がガラッと変わっていることに気がつきました。
この内容のことを、今は、人に対してしているのではなくて、自分に対してしているなぁ。自分の声なき声に耳を傾けられるようになったなぁ。そんな感じでした。

というのも、身体の学びで、自分の身体に起こっていることを細かく認識するということをやるようになって、自分に対して目が向くようになったようにも思います。
身体の学びの先生が、「1番身近な人は自分自身」と、講座の中で話されていたことがあったのを思い出しました。
人の話を聞くことを学んでいた時は、1番身近な人は家族、特に旦那って思っていたのですが、それより身近な自分自身。
自分自身の声って、旦那の話より無視してるなぁと。旦那の話は、どんな形でも反応するけれど、自分自身の声って、聞かなかったこと、何なら無視して押し込めることもできていました。そして、私は、やり続けてきていました。

それを、最近は、ちゃんと拾い上げて、認識することができるようになってきたなぁと感じました。

聞くことの学びでも、自分自身の話を聞けるようになることが大事とも言われていました。
自分の声をそのまま聞く。ただ、自分の声でさえ、自分の設定でそのまま受け止めることができなくなっていることもあります。

そして、学びの中にいた時は、自分のことは本当に後回しでした。「みんなが」という言葉の中に、自分は含まれていませんでした。指摘されて気づいたくらい、無意識でした。

身体の学びに出会って、やっと、自分自身というものを認識できるようになってきた気がします。自分自身が、日々、何を感じているか、ちゃんと聞くこと。それでいて、相手と関わっていく。だからこそ、自分の本音を大事にしながら、お互い心地よい関係を作っていくことができる。ぶつかることがあっても、ちゃんとお互いの思いを大事にしながら最善の選択をしていける。

悩んでいるときも、自分が納得できる答えが見つかるまで、ちゃんと悩ませてあげられる。スッキリしたいがために、答えを急ぐようなことも減ってきました。
身体に置き換えると、身体に不調があるときに、鞭打って頑張って動くのではなくて、身体の動きたいスピードを感じて、そこに合わせて動くような感じ。

昔学んでいたことに立ち返るのも、本当に大事な時間だなと気付かせてもらえました。

ありがたい時間だったなぁ。

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