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懐かしきヒーロー

お店で仕事をしていると、様々なことが巻き起こる。
子供が消火器を蹴飛ばし商品が粉だらけになったり、酔っぱらいのオジさんに数時間付き合わされたり、バスツアーでやって来た外国人観光客で店内が埋め尽くされたり。

入場料も身分証明書もアポイントも不要、誰もが自由に出入りできる場所だ。何があっても不思議ではない。

たいていの事態はあらかじめ想定されているため、会社で決められた基準やマニュアルにより対応できるのだが、希に現場では判断できないことも起こる。

先日、店内でちょっとした人身事故があった。治療費は全額負担するものの、いわゆる慰謝料というやつをどうすべきか、その意見を聞きくため弁護士事務所へ訪問した。

私自身、本物の弁護士さんと話をするのは人生初めて。緊張と不安を抱えドア開けると、超絶美人の受付嬢がお出迎え。なるほど、訳ありの依頼人が覚悟を決めて訪れる場所だ。その笑顔で、まずは落ち着いてもらおうというホスピタリティに、私の緊張も幾分和らいだ。

奥の小部屋に通されると、隣の部屋から弁護士さんらしき人物の電話の声。

「・・・で奥様はどの程度家事や育児をやられてたんですか?・・・そうですか。・・・分かりました。では詳しくは来週東京で・・・」。

どうやら離婚がらみの案件のよう。全国を飛び回る敏腕弁護士といったところか。本来ならば、相談するだけでも費用が発生するのだが、今回は会社OBの紹介ということで無料。飛び込み同然とも言える依頼を快く聞いてくれるだろうか、先ほど和らいだ緊張が少しずつ高まってくる。

次の瞬間、ドアが開き現れたのは、想像してたよりも若々しいナイスガイ。前髪はロマンスグレーで染められ、ジーンズにポロシャツというラフなスタイル。

「お前はヒーローのキムタクか!!」

私の世代なら、おそらくそうツッコんでいただろう。
でも今は違うんだよね、知っている。真正面から正義感をあらわにする熱血弁護士は時代遅れ。裏で動いて華麗な逆転劇を演出する「アンチヒーロー」だもんね。

自己紹介を終え早速本題に。結果、店舗の敷地内で起こった事故の場合、責任がゼロにはならないとのこと。極端に言えば、店内で床につまずき転倒した場合でも、床材の劣化具合や掃除状況を理由に、少なからず店側の過失責任は問われてしまうらしい。当日の状況を詳しく説明し、もし要求があった場合の一般的な慰謝料の目安と過失の割合を教えてもらい、無事任務は終了。

すっかり緊張も溶け、出されたコーヒをすすりながらしばしの世間話。ロマンスグレーのキムタクも、仕事の話が終われば気さくなおじさんだ。

「私もよく御社で買い物させてもらってますよ。」

「そうですか、ありがとうございます。ところで、他の小売さんからも依頼とかあるんですか?土下座強要とかバイトテロとか、色々あるじゃないですか。」  

せっかくの機会だ。今後のため、少しでも知識を得ようと質問を繰り出した。

「たまにありますね。ただ詳しくは言えないんですよ、守秘義務があるもんでね。」

「・・・さっきの電話丸聞こえでしたけど。」

って危ない危ない。相手は弁論の達人。証拠がなければあの手この手で論破されること間違いなし。コーヒーと一緒にその言葉も飲み込んだ。

華麗さも逆転劇もないたった数十分のドラマだったが、今回の問題を解決する上で、彼は私にとって紛れもないヒーローだった。やはり私はキムタクでいい。

お礼を言い入口に向かうと、さきほどの受付嬢が美しき笑みでお見送り。

「暑くなってきましたね。お身体気をつけて頑張ってください。」

一番の罪人は、あなただよ。

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