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漫文駅伝特別編『矢文帖』第7回「ボクシング観戦記〜井上尚弥と堤聖也〜」如吹 矢ー

2023年12月26日有明アリーナ

ボクシングの歴史的瞬間を目撃した!

日本ボクシング界の最高傑作と呼ばれる井上尚弥選手の世界スーパーバンタム級四団体統一戦。

圧巻の強さで対戦相手のマーロン・タパレス選手を撃破し勝利!

世界で史上二人目の二階級での四団体統一王者となった。生きている間にこんな試合に立ち会えると思っていなかった。

1952年5月19日に白井義男氏が日本人初の世界チャンピオンになった時くらい歴史的に意義のある日だろう。

この試合を観るにあたって、私は事前番組や関連動画で井上選手の表情や動きを観察。さらに雑誌やインタビュー記事などを読みまくって気持ちを高めていった。

コンディションや心理を探る糸口になればと練習以外のオフの様子を映した動画を真剣に見てる時はさすがにやり過ぎかもしれないと我に還りかけたが、走り出した列車からは飛び降りれず継続した。

その結果、井上選手へ変な感情移入をしてしまい、怪我しないだろうかとか、ちゃんと寝れてるかなとか、今夜は冷えるから一枚多く羽織って欲しいとか、ケンタッキーの新作が美味しいから食べてみてなど、余計なお世話過ぎる激イタなファンが完成してしまった。

圧倒的有利と言われているにも関わらずなぜか謎の母性を発揮して「もしも」を心配してしまう。激キモファンも兼ねている。

そして迎えた当日、高層マンションが立ち並ぶ中、ぬおっと現れる有明アリーナに吸い込まれに行った。

1万5千人が収容できる会場のチケットは即完売。チケットを入手するために約10万人が抽選に応募したという。来場者たちは抽選に外れた8万5千人分の分までしっかり楽しんでやろうと嬉々とした表情をしているように見えた。

歴史的な一戦に会場は厳戒態勢。セキュリティの人たちが他の興行よりデカい気がした。重要な場所の近くになるほどセキュリティの顔が恐かった。浮かれ切った私は何度も鋭い視線を向けられた。合格だ。彼らは素晴らしい仕事をしていた。

いよいよ選手入場。高まる期待。
自ら顎や頬をコンコンとグローブで叩きながら井上選手が私の目の前を通り過ぎようとしている。いざ、目の前を通り過ぎる瞬間、私は頭を下げその姿を直視することが出来なかった。

そして、迎えた試合開始のゴング。
井上選手が強いパンチを放つたびに会場がどよめいた。井上選手の試合会場の熱気はもの凄い。実際に会場の温度が上がっていると思う。空調で温度が整えられているはずなのに汗ばむほどだ。

圧倒的な強さでタパレス選手を10RにKO!体にキラキラとした重量感のある4本のベルトを巻いた。もうお見事としか言いようがない。日本の宝!

この歴史的瞬間に立ち会えることが出来て心から感激した。井上尚弥選手本当にありがとう!

だが、実はこの日の興行で最も胸が熱くなった瞬間は他にあった。

それはセミファイナルで開催された日本バンタム級タイトルマッチ、モンスタートーナメント決勝戦である。

第75代日本バンタムチャンピオン・堤聖也選手VS日本バンタム級3位・穴口一輝選手の試合だ。

5月から予選が開始されていたトーナメントで、この決勝戦の勝利者には賞金1000万円が贈呈される。

そしてなんと、チャンピオンの堤聖也選手は私がいた九州学院高校ボクシング部の後輩なのだ。

当日使用された特注のグローブ、ガウン、トランクス、リングシューズは白とえんじ色で配色がされており、九州学院ボクシング部のチームカラーを取り入れられていて嬉しかった。

トランクスのベルトラインに書かれた「096」の数字はおそらく熊本の市外局番だろう。地元を愛し背負っているのも素晴らしかった。

さらに客席には同じく九州学院高校の後輩であるヤクルトスワローズの村上宗隆選手がいた。

大一番の一戦。絶対に勝って欲しいと応援に力が入る。

試合は想像以上の激闘!いや、死闘だった。

序盤、卓越したスピードとテクニックを持つ穴口選手にチャンピオンの堤選手がなかなか有効打が当てられない。ポイントを重ねていく穴口選手。

3R、堤選手が左目の上をカット。血がどんどんと溢れ出てくる。このカットは穴口選手の有効打によるもので、レフェリーが試合続行不可能と判断した場合は堤選手のTKO負けとなってしまう。ドクターチェックが入った。試合継続を祈った。

ドクターの判断は続行。試合が再開された。ほっと心を撫で下ろすも、穴口選手はどんどんとポイントを重ねていった。

これは厳しい試合になるなと思い始めた4R終了間際。必死に食らいつく堤選手が穴口選手からダウンを奪う。このラウンドは堤選手にポイントが入った。

5R終了時点でここまでの途中採点が発表され穴口選手有利のアナウンス。堤選手がダウンをとったラウンド以外はほとんど穴口選手にポイントが付けられていた。

6R、堤選手が再び流血。2度目のドクターチェックが入った。試合を止められまいと「余裕で見えてますよ!余裕!余裕!」とドクターに必死に訴える堤選手。続行。しかし、このラウンドも穴口選手がポイントを奪った。

このまま穴口選手が有利に試合を進めていくかに思えた7R。血を流しながら相手を追い続けた堤選手が再びダウンを奪った。立ち上がる穴口選手。深刻なダメージがある様子には見えなかった。

8R再び穴口選手が有利に進めた。ダウンを奪っているもののトータルのポイントでは穴口優勢。

9R、トランクスを赤く染め諦めずに追う堤選手。右フックを入れ穴口選手をぐらつかせた。ここで倒すしか勝機がない。決死のラッシュをかけ見事ダウンを奪った。しかし穴口選手が不屈の闘志で立ちあがった。まだ火は消えていない。堤選手が再びラッシュをかけた。必死に応戦する穴口選手。どちらも凄まじい根性だ。客席から大声援が飛ぶ。しかし、仕留めきれずゴング。勝負は最終ラウンドへ。

10R、ここまで堤選手はダウンを3回奪っているが、実はこのラウンドで穴口選手がポイントを取って判定を迎えるとトータルポイントで穴口選手が勝利してしまうという非常に稀な状況だった。つまり堤選手は絶対にこのラウンドを落とせない。しかし、これまでのダメージと疲労で極限状態に見えた。最終回のゴングが鳴った。両者壮絶に打ち合う。このラウンドを取った方が勝利だ。残り10秒を切った直後だった。打ち合いの中で堤選手の右ストレートが穴口選手の顔面を捉えた。崩れ落ちる穴口選手。終了間際に奇跡のダウンを奪った。絶叫する実況の赤平大アナウンサー。解説の西岡利晃氏も「うわー!凄い!」と大きな声をあげていた。会場が揺れんばかりの大歓声と拍手。とてつもない気合で穴口選手が立ち上がり試合終了のゴング。
判定は3−0で堤聖也選手の勝利となった。

今まで観たボクシングの試合の中で1、2を争うくらい心震える試合だった。
両者どれだけの厳しい鍛錬を積んだのだろうか。とんでもない精神力、凄まじい根性。

試合後、穴口選手は担架で運ばれ緊急搬送された。限界を超えた戦いに恐ろしさすら感じた。
堤選手がまさに執念で勝ち取った勝利だった。

恐れず
驕らず
侮らず

九州学院ボクシング部の部訓を体現したような戦いっぷりにただただ感動した。

堤選手がリングを降りる時に「ありがとう!次は世界だ!」と叫んだ。
世界王座獲得を心から祈る。

堤聖也選手と

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