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漫文駅伝特別編『矢文帖』第6回「東京アディオスと、慢性拳闘症(講談社)」如吹 矢ー

まさか自分の姿が映画館のスクリーンに映し出されることがあるなんて思ってもいなかった。

映画「東京アディオス」

2019年、私が人生で初めて出演した映画だ。

ある日、マネージャーから映画出演の依頼がきているとメールが届いた。

コント以外の演技経験が全くない私は何かの間違いだろうと確認してみると、メールにはたしかに大塚恭司監督作品への出演依頼が書いてあった。

大塚恭司さんは元日本テレビのプロデューサーで、過去にMr.マリックをプロデュースし、社会現象にもなったドラマ「女王の教室」を手掛け、他に類を見ない独特で衝撃的な演出をすることから日テレの鬼才と呼ばれていた。

そんな方がなぜ私を、と疑問に思った。

大塚さんは普段バラエティ番組やネタ番組をほとんど見ないらしいのだが、なぜかお笑いライブには足を運んでいて、時には客が1、2人しか入っていないライブにも通っていた。

苦肉祭にも来られていて、そこで私のことを知り、起用してくださったという流れだと思う。
枕営業ではないし、ハンドパワーも使っていない。

東京アディオスは大塚さんの映画初監督作品で、主演に抜擢されたのが下ネタに命を捧げたピン芸人、横須賀歌麻呂さんである。

横須賀歌麻呂さんの半生を描いている作品で、横須賀さんは映画初出演にして主演だった。これはきてます。という状況。
その他の出演者に玉山鉄二さんや村上淳さんなど錚々たる役者がいる中での大抜擢だったので、さすがに枕営業を疑っている。

撮影前に打ち合わせがあった。都立大学駅付近のマンションの一室に大塚監督やスタッフさんがいて、そこで台本を手渡された。

私以外に出演する芸人は本人役なのだが、私には主人公のバイト先のホルモン焼き屋の店員の役が与えられていた。

店員役は全部で4人。他の3人は笠松将さん、成田瑛基さん、上松大輔さん。
私以外は皆さん本物の俳優さんだった。

そんな中、私のような偽物のカニカマ役者がお邪魔して大丈夫なのだろうかと不安になった。
どうかピースに終わるように願った。カニだけに。

大塚監督から役についての説明があった。

店員の役名はルースターズという福岡の伝説的なロックバンドのメンバーの名前をもじってつけられていて、私は研二という役名。

元半グレのような雰囲気で、自分のエネルギーがたまたまホルモン焼き屋で働くことに向いてるからなんとか法を犯してない感じ。

店主にカリスマ性があってそれについていってる若者たち。

お店の名前はホルモン野郎Aチーム。元々、足立区にあったが、そこが繁盛して都心にも進出。気合いが入ってる。

大声で口が悪い。セリフは早口で捲し立てるように。けど、しっかり聞き取れるように。

腕に刺青を描く。体格がはっきりと出るようにサイズ小さめのTシャツが衣装なので筋トレしてパンプアップしておいてほしい。

想像以上に細かい演出にただただ面くらっていると、同席していた俳優さんが役について色々と質問をぶつけだした。

それを聞きながら、ちょっと待て!そんなに前のめりな姿勢でいかれたら何にも質問してない俺がやる気ない感じになるだろ!と無駄な焦燥感が襲ってきた。

自分も何か言わねばと焦りながら絞り出した質問が、「パンプアップするための筋トレだと腕立て伏せとかですかね?」という、芸能人の不倫くらいどうでもいいものだった。

役についての話が終わると大塚監督が「広田はボクシングやってたんだよね?」と話題をふってくださって、しばしボクシングについて話をした。

大塚監督は相当なボクシングマニアで、最近もSNSで「三浦マイルドはお笑い界のアルツール・ベテルビエフだ!」と芸人をボクシングファン以外知らないであろう選手で例えている書き込みを見て「拳キチ」だと実感した。

本番の日。寒い日だった。
高円寺の高架下の居酒屋がロケ地だった。

控室で専門スタッフの方に筆で刺青を描いてもらうことになった。「やりたいデザインとかありますか?」と聞かれたが、刺青のデザインなんか考えたことないので「おまかせします。」と答えた。

別の役者さんにも同じ質問がされると、その役者さんが「俺、入れてほしいデザインがあるんですよ。」とスマホで画像を出して説明しだした。

前のめりな姿勢にまたしても自分との差がついたと無駄な焦燥感が湧き出ると同時に、これがプロの役者なんだなと思い知った。

迎えた撮影本番。同じくバイトで働く主人公の横須賀さんにきつく当たる役柄を必死に演じた。撮影の合間には大塚監督がルースターズの曲を流して雰囲気を盛り立てていた。

撮影ではリハやドライ、カメラの方向の都合などで何度も同じシーンを演じることを初めて知った。先輩の横須賀さんの頭を何度も強く叩いた。

私は何度も同じ芝居を必死にやったのだが、俳優さんはテイク毎に色んなアプローチで演技を披露していて感心した。

どうにか撮影を終えた。撮影中、映画初出演の横須賀さんは他の演者やスタッフに気を遣ってか、一度も椅子に座らなかった。高倉健みたいだなと思った。

月日が流れて試写会のお知らせが届き、初めて出演した映画を観ることになった。

スクリーンに映し出される自分の姿を照れと喜びが入り混じった感情でみた。大塚監督のほとばしる情熱と執念で作り上げられた物語のエンドロールに自分の名前がクレジットされているのを見て感動した。

映画「東京アディオス」はソフト化や配信の予定が一切なく、劇場でしか観ることが出来ない映画だ。

またいつかどこかの劇場で上映されることだろう。その度にスクリーンの中の私が蘇ることを嬉しく思う。
鬼才・大塚恭司監督の超魔術を是非ご覧いただきたい。


「慢性拳闘症」香川照之(講談社)

芸能界のボクシングマニアといえば第一に著者のことが頭に浮かぶ人も多いのではないだろうか。

ボクシングの中継でゲスト出演した際に、誰よりも嬉々としてマニアックな話をラッシュをかけるように繰り出す姿には舌を巻いた。

本作は自他共に認める「拳キチ」の著者が実写版映画「あしたのジョー」の現場に臨む様子を綴った撮影日誌である。

元来、著者はボクシング漫画の金字塔である、あしたのジョーを一切認めていなかった。

彼の中ではボクシングとは繊細で高貴なもので、科学と暴力の奇跡的な融合であると捉えていて、あしたのジョーで描かれるような「根性」や「心の不屈の闘志」というものに拒絶感があったという。

そんな著者が実写版あしたのジョーで丹下段平役を演じることになる。

撮影の準備段階から溢れ出るボクシング愛と強烈な役作り、共演者やスタッフとの熱いエピソード、撮影を通じて変化するあしたのジョーへの理解が暑苦しいほどの筆致で綴られている。

昆虫好きでもある著者のあしたのために今日の撮影に全力で挑む情熱をムシできない。

「慢性拳闘症」(講談社)
香川照之

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