国樹田 樹
人は誰しも、愛されたいのだ。 この恋は不義か、それとも純愛か―? 三十二歳の兼業主婦、泉藍華(いずみらんか)は結婚六年目。 けれど、もう四年も夫とセックスレスだった。 仲が悪いわけではない。ただ身体を重ねないだけ。 レスや家事の負担など多少の不満はあれど、結婚はそういうものだと諦めていた。 自分より年下の後輩が妊娠により時短勤務となっても、子供だけが夫婦ではないとも考えた。 だが残業を早めに終えて帰宅した彼女は、玄関から聞こえてくる夫の声に立ち尽くす。 ※作者は不倫を推奨しているわけではありません。お話のテーマに『略奪』があるため、こういった設定となっております。 (作者個人としては浮気・不倫した人は去勢されてしまえ、という考えです。ただ不遇な人は報われてほしいな、とも思います)
名前:国樹田樹(くにきだいつき) 旧商業名義:更紗 ファンタジーから現代恋愛に至るまで、雑多に書き綴っています。 基本頑張る女性ヒロインが多いです。 育児の合間のひと時に、残業後の寝る前に、幸せな気持ちになっていただければ嬉しいです。 どうぞよろしくお願いします。 *旧商業名義「更紗」について* 2017年11月~2022年8月まで活動。 2022年12月より国樹田樹名義に改名し再活動開始。 ◇実績◇ 紙書籍 単行三冊・文庫二冊・コミカライズ二冊刊行 電子書籍 十三冊
「蒅ー! 来たよー!」 蒼い秋空の下、工房前では裕の声が大きく響いていた。 藍華達が到着したのは午前九時ごろ。 場所は裕の家から車で十分程度走ったところだ。 徳島が誇る一級河川、吉野川から分流した川沿いにその工房はあった。 玄関口には年季の入った板看板が掲げられ、黒い筆文字で大きく『蔵色藍染處(くらしきあいぞめどころ)』と書いてある。 工房の隣には大きく古めかしい日本家屋が建ち、恐らく築百年はゆうに超えているだろう。 裕曰く、蒅の家は何代も続く藍染處で
朝日と共に目を覚ました藍華は、まだ六時前という早い時間ではあったが久方ぶりにすっきりとした朝を迎えた。 階下からは、すでに家人の物音が聞こえている。 きっと裕の母親が朝食の準備をしてくれているのだろう。 手伝いに行くため、簡単に身支度を整えた。 するとふと、いつもよりも動きやすいことに気付く。 (身体、軽い……?) 十分に眠れたからだろうか。 疲労がすっかり消えていた。 普通、他人の家でこうも身体が回復することはないだろうが、藍華には逆だったらしい。
書きたいものを書けばいい。 書きたいものを書いてはいけない、だってそういうのに限って売れないから。などと言う編集者さんがいたら、ちょっと注意したほうが良いかもしれません。 (特に相手にしっかりした実績があるかどうかはきちんと確認しましょう) 正直なところ、数年作家として商業活動をしていた私としては「書きたいものを書かねば悔いが残る」としか言えないからです。 (※私の商業活動履歴については自己紹介記事をご覧ください) 簡単な例を挙げてみると、「売れるもの」を意識して妥協して書
いつもより濃く見える茜色が、スマホの黒い画面を照らしている。 反射した光はどこか刺々しく、ささくれた藍華の心を刺すようだった。 (……やっぱり) ふう、と息を吐いて、窓の外を見る。 強い秋風に揺れる黄金の海原。美しいが、やがて刈り取られる運命を思うと虚しく、妙な不穏ささえ感じる。 それは、今が逢魔時と呼ばれる時間帯だからだろうか。 階下からは、ほのかに味噌の香りが漂ってきている。のどかな筈なのに、自分の心には早くも木枯らしが吹いている気がした。 裕曰
原稿を書いていて都度思うのですが、食事と仕事の効率、つまり成果も含めて、これらは密室に関係している気がします。 お腹いっぱいだと眠くなる……のはほとんどの方がそうかもしれませんね。 私の場合、なるべく腹八分目で済ますようにしていますが、どちらにしろ食べた後は基本的に原稿は書きません。 以前一週間ほど検証してみたのですが、食べた後に書いた文章と、空腹時に書いた文章ではまるきり出来上がりのレベルが違っていたのです。 お腹が空いている時は集中力が上がるような気がするので、恐らくその
「あ〜やっぱ畳って最高! 帰ってきたって感じするー!」 「こら裕! ここは藍華さんのお部屋なんだから、貴女は自分の部屋で転がりなさいな!」 「え〜、あたし先輩と一緒がいいな〜」 まるで駄々っ子のように言いながら、裕が畳の上で寝っ転がっている。 彼女の母親はそんな裕を渋い顔で嗜めると、やれやれと言いたげに首を振った。 それから藍華を見て「ごめんなさいねぇ。この子ったら。お仕事でもご迷惑をかけてるんじゃないかしら」と続けた。 「いえ、私の方が助けてもらってばか
朝は大抵、何か音楽を聴きながら作業をしています。 それはCDプレーヤーだったり、PCやタブレットから流れてくるYou Tube音楽であったりと様々で。 昔はよくラジオを流しつつ勉強などをしていたものですが、昨今は時間やダイヤルを合わさなくともスマホでネットラジオを聴くことができるので手軽で快適になりました。CDもAmazon Musicを使えばプレーヤー自体が必要ありません。 しかしやはり懐かしいのは、夜も更けた時間帯、お気に入りの声優さんのラジオに周波数を合わせ、けれども田
「もしかしたら先輩、あいつに気に入られちゃったかもしれませんねぇ」 「え?」 裕の実家に着いて早々、蒅は二人を降ろすなり「仕事に戻る」と言って帰ってしまった。 彼のブルーカラーのSUVを見送った後、振り返った裕の言葉に藍華は首を傾げる。 そうは思えなかったからだ。 あの後はずっと裕と蒅の二人が口喧嘩を繰り返していただけで、藍華は彼とさほど話してはいない。最初に会った時に少し会話した程度だ。 しかも蒅はあまり感情が顔に出ないのか、終始無表情に近かった。変化が
普段はiPadで絵を描いているのですが、時折ふと「ああこのシーンは手描きだな」と感じる時があります。 デジタルは便利で、紙も使用せず環境にも優しい気がしますが、手描きにはデジタルでは表現できない臨場感というか、何かそういう絶対的に揺るがせないものがある気がするのです。 そんな私は最近はもっぱら下書きは手描きで、ペン入れと着色はデジタルで、と使い分けています。 自分では勝手に半デジタルと呼んでいたり。 画像はモノクロですが、自己出版用に用意している作品の表紙です。 コピー用紙に
「裕、お前後ろに乗れ」 助手席にはてっきり裕が乗るものだと思っていた藍華は驚いた。彼のようなタイプは気心の知れた人間の方を隣に座らせると思っていたからだ。 案の定、裕がなにやら意味ありげな顔をする。 「うーわ。蒅ってば、先輩が美人だからって目の色変えてるー!」 「あほ。いいから乗れ。藍華も」 「は、はい」 蒅は裕を冷たく一瞥してから濃いブルーのSUV車の運転席に乗り込んだ。藍華も促されるまま乗ってシートベルトをしたが、それでも後輩は含み笑いをしながら後部座席
男女平等、ジェンダーレス……追いつくのが難しいほど、様々な言葉が聞こえるようになりました。 親となった今では、我が子が男だろうが女だろうが、好きに生きてくれればそれでいい、という気持ちです。 私自身は自分の性別について特に深く考えることなく生きてきましたが、男性として生まれていたらこうしていたかも、なんてことを時々考えたりはしました。 それと恐らく、昭和の終わりに生まれた私はちょうど良い時期の漫画を目にできたのもあって、あまり男女間の境について思考が偏らなかったのかなと思いま
「ちょっと蒅《すくも》! アンタまたなんで作務衣なんかで来るのよ! どこも寄れないじゃない!」 裕が不機嫌そうにそう言うと蒅と呼ばれた男性が立ち上がった。彼は面倒くさそうな顔でじろりと裕を睨んでいる。 「うるせえぞ、裕……そっちの人がお前の先輩か?」 低い低音だった。けれどよく通る良い声だ。 黒い短髪に鋭い三白眼。作務衣を身に纏う身体はしっかりとしていて背も高く、一般的に見ても格好良い感じの男性だ。けれど、どこか近寄りがたい雰囲気があり、職人さんだというのも頷けた
ご報告です。 先日上げたこちらの2つの記事↓ が山門文治さんの「今、このnoterが面白い」マガジンに登録されました。 おかげさまでスキをいつもより多くいただけました。 この場をかりて感謝申し上げます。 山門文治さんのマガジンはこちら↑です。 ぜひご覧ください。
藍華はその日の帰宅後、綱昭に旅行のことを伝えた。 思った通り彼は快く了承してくれた。普段ならテレビにしか向けない顔を藍華に向けて、笑顔まで浮かべている。 「行ってもいいの?」 「後輩の誘いなら断れないだろ。俺のことはいいから楽しんでくればいいよ」 楽しむのは自分だろう、と嫌味が飛び出そうになる喉にぐっと力を入れた藍華は、いつから自分はこんな考え方をするようになったのだろうと内心悲しんだ。 ただの言葉をいちいち勘ぐらなければいけないのは心が疲れ、性格がねじ曲が
対人恐怖症、他人が苦手、人と関わりたくない。 そんな言葉をよく聞きます。 アニメやゲームでも、主人公のそういった感情を度々目にします。 それだけ同じ気持ちを抱えている人が多いということなのでしょう。 実際、私もそうでした。 今では厨二病とも言われる中学二年生の時、今ではちょっと笑ってしまう勢いで大の人間嫌いだったのです。 一人で過ごすのが好きで、友人も一人二人はいたものの、休み時間にノートに小説や落書きを書いて過ごしていたような子供でした。 強がってそうしていた部分もあります