小学校で働いていて考えたこと。子供の自己肯定感は本当に低いのか
昨今、教育現場で子供の自己肯定感を高めようという意識が高まっています。
僕も大学時代、日本の児童、学生らの自己肯定感が諸外国と比べて圧倒的に低い結果になっているデータを目にして
「このままではいかん!」と思っていたのですが
今、実際に小学生と接する仕事をし、子供とふれあっているなかで
「自己肯定感を高める前にやるべきことがあるのではないか」
ということを考えました。
その事について、今日は書きたいと思います。
自己肯定感が高いとは
まずはこの話のなかで使う、自己肯定感の定義をしておきます。
自己肯定感(じここうていかん)とは、自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉であり[1]、自尊心(英語: self-esteem)、自己存在感、自己効力感(英語: self-efficacy)、自尊感情などと類似概念であり同じ様な意味で用いられる言葉である
「Wikipedia引用」
ここから分かるように、自己肯定感とはその場その場の感情のことであり、その場その場の状態であることです。
普遍的なものではなく、ある1つの物事に対する自分なりの感情です。
そして、何に対しての感情かといえば、自分への評価です。
評価とは、何らかの行いの結果や動機対する、様々な視点からの解釈なので、自己肯定感が高いということは
1 何らかの行動をとる
2 動機や結果を客観的にとらえる
3 様々な視点からの解釈をする
という3つの流れを経て、肯定的な解釈をする経験が否定的な解釈をする経験より相対的に多いということです。
本当に自己肯定感が低いのか
これを踏まえた上、本当に日本の子供の自己肯定感は低いのかもう一度考えてみました。
そしたら、児童、学生らの自己肯定感低いという結果になるのは、決して自己評価が低いのではなく、
1 自己評価する材料が不足している。
2 評価する視点が狭すぎる
この2つが原因であることに気づいたのです。
今の子供はやらされてやっていることと、やりたくてやっていることのバランスが、やらされている方に偏りすぎている気がします。
8時~16時くらいまで学校で過ごすため、この8時間の間は決められたことしかできません。
この、やらされていることで生まれる結果の評価は、当然やらせている側の狭い評価基準で決まります。
自分で評価はできません。
自己評価する機会自体が少ないのです。
評価する経験をほとんどしていないのなら、肯定的にも否定的にもとらえられず、
自分について「分からない」ということになります。
自己肯定感が高くない結果になっているのは、
自己に対する評価が低いのではなく、自己に対する評価を自己でつけられない環境にいるだけではないかと思ったのです。
今日はここまでにします。
次回はそう思っうようになった実際の出来事と、そのような環境下で、周りの人が児童達にしてやれることを考えたので、その2つについてお話しします。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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