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カーコラム 「碓氷峠伝説」

 むかしむかしのお話。

 ところは群馬県安中市松井田町から長野県北佐久郡軽井沢町へと抜ける国道18号線の碓氷峠。

 マシンのギヤ比によっては4速まで入る高速コーナーを初め、中速コーナー、低速コーナーが混在する碓氷の旧道は、当時、地元はおろか全国から腕に自信のある走り屋が馳せ参じる峠屋のメッカであった。

 アグレッシブなドリフト走行を得意とし、当時、碓氷峠最速を誇った一人の走り屋がいた。

 ある日の早朝、彼がいつものように愛車AE86で碓氷を流していると、もの凄い勢いでカッ飛んでくる一台のクルマがバックミラーに映った。

 カチン! その瞬間バトルモードへとスイッチが切り替わった。

 「俺を誰だと思っていやがる! 碓氷峠最速の男××××だぞ~!」と吠えたかどうかは定かではないが、彼の闘争心に火がついたことは確かである。

 4A-GEU型エンジンの歓喜の歌声と共に、タコメーターの針は一気に7000rpmまで跳ね上がった。

 「2コーナーでバックミラーから消してやる!」

 カッ飛んで来た謎の追走車はすでに彼の背後にピッタリと張りついていた。

 碓氷峠のコーナーを熟知している彼は、次の下り高速コーナーの先が複数のクリッピング持った複合コーナーであることを知っていた。

 勝負を賭けるならそこだ!

 左高速下りコーナーを右ラインからブレーキを残したままオーバースピード気味に進入し、慣性でスライドし始めたリヤをカウンターで抑え込みながら左フロントをインのクリップに載せ一気に立ち上がり、迎え来る複合コーナーをサイドブレーキでリヤを滑らせながら抜けるというのが彼の作戦だった。

 勝負の左高速下りコーナーが迫って来た。

 作戦通り右ラインをとった瞬間、彼は信じられない光景を目の当たりにする。

 ピタリと後ろについていた謎の追走車は、彼が右によった瞬間一気に加速し、彼のAE86とサイド・バイ・サイドのポジションに着いた。

 なんと、そのクルマもAE86であった。しかも何やら派手なカラーリングがされ、ステッカーがボディ全面に貼られていた。

 うん? ラリー車??

 彼がその感じた刹那、左サイドの追走車は一気に加速して前に出た。

 なに?? 2台???!!!

 何と、その追走車の後ろ同じカラーリングのもう一台のAE86がいた。

 バンパー・ツー・バンパーの2台のAE86は、まるで一本の線で繋がったかの如く信じられないスピードで左高速下りコーナーに吸い込まれ行った。

 あ! そのスピードでは高速コーナーはクリアできても次の複合コーナーは無理だ!

 彼が心の中でそう叫んだ時、最初に高速コーナに突っ込んだ先頭のAE86のフロントタイやが僅かに左に動いた。その瞬間、AE86の姿勢が一気に変わりリヤが流れ始めた。

 高速慣性ドリフト!!!

 僅かに遅れて進入した後続のAE86も高速慣性ドリフトで一気に姿勢を変えた。

 美しくも最速のドリフトラインを描きながら高速コーナを抜けた2台のAE86は、複合コーナー直前で一瞬進行方向とは逆にステアリング切るフェイントモーションで姿勢を変えると、絶妙なステアリングワークとアクセルワークで変幻自在のドリフトアングルを維持しながら一気に複合コーナーを駆け抜け、やがて彼の視線から消えた。

 文字に記すと長いが、すべては一瞬の出来事であった。

 サイド・バイ・サイドになった瞬間に見えた派手なカラーリング。

 AE86のトランクリッドに貼られた「●ャ●ッ●」のステッカー。

 後にモータースポーツ界にデビューした彼は、やがてその時のドライバーが全日本ラリー選手権のトップドライバーY・S氏と群馬ラリー界のドンY・K氏であることを知る。

 後に彼曰く、「世の中にはスゲ~奴らがいる! あの時はマジでそう思ったよ。やっぱりラリー屋は凄いわ!それがきっけかで、真剣にモータースポーツやろうを決心したんだ」。

 最後に、今は亡き群馬ラリー界のドン、故Y・K氏にその話をしたところ「あ~、たしかあの時はラリーの帰りで、早く家帰って寝たかったんもんだからチョいとばかり急いでいたな。そういや、なんか目の前をチョロチョロとタコ踊りしながら走っているクルマがいたな~・・」と、例によって飄々と語っておられたことを追記して筆を置こう。

余談だが、この一件がきっかけとなり、「碓氷峠最速の男」は峠の走り屋を卒業し本格的なレース活動を開始する。そして碓井峠で培った卓越したマシンコントロールを武器に、富士フィレッシュマンAE86ワンメイクスレースで輝かしい戦績を残し国内ツーリングカーレースの最高峰であるGT選手権にステップアップ。トップカテゴリーであるグループAクラスを最強マシンの日産BNR32型GT-Rで戦いトップレーサーとしての地位を不動のものにした。

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