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エッセー 「美しき飛翔 千の顔を持つ男 "ミル・マスカラス"礼賛」

 1977年8月25日。

 田園コロシアム(かつて目黒線"田園調布駅"近くに存在したテニスコートをメインとした多目的スタジアム)において、UNヘビー級王座をかけたジャンボ鶴田 VS ミル・マスカラスの世紀の一戦が行われた。

 ミル・マスカラス(スペイン語で"千のマスク")。千の顔を持つ男、仮面貴族。

 薄明かりが僅かに残る夏の夕暮れ、まだ蝉しぐれが聞こえる田園コロシアムにマスカラスの入場テーマ「スカイハイ」の印象的なイントロが鳴り響いた。

 会場を埋めた満員の観客の興奮は頂点に達した。

 やがて煌びやかなマントを纏い、光り輝くラメラメのマスクを被った仮面貴族が軽やかな足取りで入場して来た。会場は悲鳴にも似たマスカラスコールの大合唱となった。

 セレモニーは終わり、いよいよゴング。

 激しくぶつかりあう両雄。共に引けない男の意地がリング上で激しく火花を散らす。

 マスカラスのファイティングスタイルは基本的にフェア。しかし、相手がラフプレイで挑発すると荒ぶるラテンの血が一瞬にして沸騰する。

 ラフにはラフを、鉄拳制裁をも厭わない。

 一進一退の攻防から試合は一気にクライマックスへと向かう。

 リング中央、ダメージが残る鶴田がフラフラと立ち上がったその瞬間、一気にコーナーポスト最上段へと駆け登ったマスカラスの肉体が空中高々と舞い上がった。

 その高さおよそ3m、華麗なる飛翔は黄金の軌跡を残しながら、リング中央の鶴田へとゆるやかな放物線を描いた。

 と、次の刹那「ドスン」という鈍い音が場内に響き渡る。もんどり打つ鶴田。

 必殺技「フライング・ボディ・アタック」。

 膝が震えた。感動で目がうるんだ。

 それは鍛え上がられた肉体が演じる究極のパフォーマンス、まさに「スカイハイ」そのものであった。

 熱い夏の夕暮れ、滴る汗をぬぐいながらも全身は総毛立っていた。

 興奮と感動、そして虚脱感にも似た心地よいカタルシス。

 ミル・マスカラス、彼こそは偉大なるルチャの闘士にして永遠のヒーローである。


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