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エッセー「狼達の胃袋」

 食は生命活動の源泉であると同時に、性欲、物欲と共に人間の3大欲求の一つである。

 人間、アクティブに動けば動くほど膨大なエネルギーが必要となる。そしてそのエネルギーは摂食行為により体内へと取り込まれる。

 作家 大藪春彦が生み出したヒーローたちは食に貪欲だ。彼らの摂食行為は即行動に繋がる。

 食べる、戦う、セックスする、膨大なエネルギーを消費する彼らの行動・行為はすべて食により支えられている。

「営業用の大きな冷蔵庫に買ってきた食料の大部分を収めた速見は、帽子とジャケットと靴を脱ぎ、金魚鉢ほどの大きなグラスに氷とジンと少量のドライ・ヴェルモットと十滴ほどのアンゴラース・ビタースをぶちこみ、フォークで掻き回した。レモンの皮を放りこむ。一度に水呑み用グラス三杯分ほどを喉を鳴らせながら飲んだ。露が浮かんだ大きなカクテル・グラスには、まだ三分の二ほどドライ・マルテーニが残った。速見はアルコールが回ってくると共に猛然と食欲が起こってくるのを覚えた。

大藪春彦著「処刑の掟」より

「テンダーロインの大きな塊りから一キロほどヘンケルの牛刀で切り取り、塩と荒挽きのブラック・ペッパーを振った。玉ネギを二個ミジン切りにする。ガス・レンジに大きなフライパンを掛けてサラダ油を流しこむ。煙抜きのファンを廻した。やがて、オイルが煙をあげはじめた。速見はそこに五十グラムほどの牛脂を放りこんだ。菜箸で掻き廻す。牛脂は焦げながら溶けた。脂がはぜ、速見のシュッティング・グラスに飛び散る。フライパンのまわりからときどき炎があがった。速見は1キロのテンダーロインをフライパンに入れた。にぎやかな音と共に、脂はさらに飛んだ。ビーフの肉汁があまり逃げないように、三十秒ほどで速見は肉を引っくり返し、高熱で両面を硬化させた。また三十秒ほど待ってガスを中火にし、買ってきてあったポテト・サラダに玉ねぎのミジン切りの一個分を混ぜた。ミディアムに焼いたステーキを大皿に移し、その脇にポテト・サラダを盛りあげる。フライパンに残った牛脂と肉汁のグレーヴィに残りの玉ネギのミジン切りを放りこんで掻き回し、キツネ色に焦がした。そこに醤油と砂糖を入れて沸騰させ、日本酒を一合ほどぶちこんだ。そうやって作ったグレーヴィ・ソースを焼けたステーキの上から流し、テーブルに運ぶ。まだ中心部にわずかに血が残るステーキを、ナイフとフォークをいそがしく使って貪り食う。ときどき、ポテトサラダで口の中の脂を取る。」

大藪春彦著「処刑の掟」より

「やがて、炭火の熾った七輪と共に注文の品が運ばれた。ビールの栓を抜いて女中は去っていく。大きな容器に入れられているのは、朝倉の言葉通りに本物であった。赤や紫の臓物が血の泡のなかでのたくり、それには分厚く唐ガラシの粉がへばりついている。タレは強烈なニンニクの匂いがした。」

大藪春彦著「蘇る金狼 野望篇」より

「肉屋でボロニア・ソーセージを半キロと卵を買いこむと、そのうちの五百円が消えた。アパートに戻ると、半キロのボロニアはフライパンで炙り、五個の卵は目玉焼きにしてその全部をゆっくりと胃におさめた。」

大藪春彦著「蘇る金狼 野望篇」より

「大きな陶器のコップに入れたインスタント・コーヒーに沸騰する湯をそそぎ、それに一塊りのバターをとかした。舌を焦がすようなバター・コーヒーを啜りながら、朝倉は朝刊の社会面に目を走らす。」

大藪春彦著「蘇る金狼 野望篇」より

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