エッセー「カマキリ」
古くからの友人Kはカマキリが大の苦手。
その昔、津久井湖が減水して沼本ワンドがほとんど干上がってしまったことがあった。
そのため沼本旅館のボート乗り場は遥か沖合いとなり、たどり着くまでには葦・雑草が生い茂る湿地を歩かねばならなかった。
事件はKを先頭にボート乗り場に向かっていた時に起こった。
因みに、Kはかなりの巨体であり全ての動作はスローモーだった。プラノのタックルボックスをぶら下げ、ヨーロッパ貴族のピクニックのように優雅に歩みを進めていたKが急に止まった。
うん?? と訝っていると、Kの巨体が小刻みに震えている。
もしや前方に蛇でもいるのかと思い声をかけようとしたその瞬間、まるで手動回転板の上でキメのポーズで回る横山ケンの如くKの巨体が180°回転した。Kの顔は今にも泣き出しそうだった。
と、次の瞬間、両手に持った全ての荷物をほっぽらかし、脱兎の如くもと来た方向へと走り始めた。
何事が起きたかと前方を見れば、黄緑色をした一匹のカマキリが、葉っぱの上でこちらを威嚇するように両の鎌を持ち上げていた。
あの時のKの逃げ足の速かったこと。
Kの全力疾走を見たのは、後にも先にもその時だけである。
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