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介護はすぐ隣に

先日カナコさんのサークル内で「介護」についての意見交換をした。


建設的な話をされる方ばかりで本当に気持ちよくお話できます!


さて。

「介護」について皆さんはどこまで考えたことがありますか?

僕はちょっとだけ。


一番最初に「介護」を目にしたのは父方のおじいちゃん。

肺気腫といって、肺胞に穴が開き、晩年は酸素ボンベなしでは生活ができない状況だった。
当時小学生だった僕は見ているだけだった。

次はおばあちゃん。

当時「認知症」という言葉さえない時代にそれを発症しており、家族みんなが疲弊していた。
このときは小学6年〜中学生だったので、まだ「介護」を意識していなかった。
(おばあちゃんのときは本当に大変だった。とくに母が。折を見てnote書きます)


「介護」をより身近に意識したキッカケは4、5年ほど前に母がガン(ステージ1)で入院したとき。
(おかげさまで今のところ転移も再発もない)

母方の家系はいわゆるガン家系で、そちらのおじいちゃんもおばあちゃんも含め、ほとんどの人がガンで亡くなっている。

だから「そのうち私もなるかもね〜」と母はときどき言っていた。
(僕もときどきそんなことを言う)

けど、いざなってみると家族の誰も彼も本人さえも何も準備ができておらず、とてもとても大変だった。

飼ってた犬の世話とか、家事のこと、いつから入院で、この日に手術で…などなど。

家族のみんなが「何かしなきゃ」「でも何していいかわからない」と内面はアタフタしていたと思う。

手術については家族の同意も必要で、一緒に説明を受けないといけない。

残念ながら僕は仕事のため、一度もそれには関われなかった。
(母も「あんたは仕事行きなさい」とは言ってくれてたけど、多分自分が同じ立場なら同じこと言うだろうけど、ちょっとは近くにいて欲しいと思う。)

術後はかなり辛そうで、退院後も助けが必要なこともあった。

幸いなことに、家族全員でサポートできる間柄で今日は弟、明日は僕みたいな具合。

日数は掛かったが快方に向かい、やがて母はほぼ日常を取り戻した。


ちょっと看護と介護がごちゃ混ぜになってる感じもあるけど、続けます。


あの日から、ときどき考えることがある。

もし、あの出来事が今も続いていたらどうだろうか?
病気ではなくても、事故などで歩けないとか、手が使えないとか。
家族の仲が悪かったら?
仕事と両立できるの?
経済的にみんな共倒れになってしまうのでは?
そもそも自分が介護されることになったら?

多分、まだまだある。


そして多分、実際に家族に介護が必要になったとき、先の経験は少しは活かせるのだろうけど、やっぱり大変なことになってしまうのではないかと思う。


意見交換をし、僕のなかで少しまとまったことがある。

「介護に対する準備をする」

これはする側もされる側も。
(される側というのは結構重要な視点だと思う!)


具体的にどうするかというと、「日頃から介護についての話をする」

政治、お金、性教育、などなど、とくに日本では重要であるにも関わらず、日頃からトピックになりにくい話は結構ある。

介護もそのひとつだと感じている。
(高齢者大国と言われるのにおかしいよね?)

さっそく昨日、あかね社長(妻)と介護について話してみたところ、「わたしは施設に入れられたくない!いやだ!」という考えを聞けた。


「介護」というものをもっと身近に考えてみませんか?と、とても書かずにはいられなかったよという話。

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