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金融不安と米国株式

 今回は、①世界的な金融不安の象徴的なイベントとなったクレディスイスの救済について触れた後、②米国株価の現在位置と③今回の株価下落局面の特徴について簡単におさらいし、当面の見方についても触れたいと思います。

 昨日までのFOMCは結局事前予想通り、0.25%の利上げとなりました。金融システム不安がある中での利上げ継続はパウエル議長としても難しい判断だったと思いますが、「年内の利下げ転換を想定していない」との説明を含めて、従来から一貫したスタンスを示した形となり市場にとっては一番無難な結果になったと思います。

 米国株式も不安定な動きが続いていますが、年明け以後は今のところS&P500で概ね3,800~4,200のレンジに収まっています。
 
1.金融不安で揺れる市場
 
 3月に入ってこの2週間ほどは米国のシリコンバレー銀行(SVB)とシグネチャー銀行(SB)の突然の破綻や信用不安が高まったファースト・リパブリック銀行の支援、そして巨大金融機関クレディスイスの経営難と、世界的に金融不安が一気に高まりました。特にクレディスイスは昨年末の資産規模が日本円で約75兆円と、SVBの約28兆円やSBの約15兆円とは規模が異なるだけに懸念されているところです。
 
 とりあえず、UBSが30億スイスフラン(約4,300億円)で買収することで合意し、スイス中銀も最大1,000億スイスフラン(約14兆円)の流動性供給を行うこと、またスイス政府もUBSに90億スイスフラン(約1兆3000億円)の政府保証を提供することが決まるなどスピード救済となったことで最悪の事態は免れ、市場もひと息つけた形ですが、買収額はクレディスイスの前日時価総額の4割程度で2大株主のサウジ・ナショナル・バンクとカタール投資庁、また年金基金などの反発も予想されますし、さらにクレディスイスが発行した劣後債(AT1債)約160億スイスフラン(約2兆2 000億円)は無価値になるなどサプライズな動きも出ていますので、救済後もしばらく市場の不安は続くでしょうし、統合後のUBSの運営も前途多難でしょう。
 
 図1はクレディスイスの主要な財務指標を試算したものですが、報道されているように同グループの自己資本比率や流動性カバレッジ比率、レバレッジ比率はいずれもバーゼルⅢの厳しい要求水準を大きく上回っており、財務は十分健全な状況でした。ただ、14日公表の年次報告書で、2021、22両年の「グループの財務報告に関する内部コントロールが有効でなかった」と認めており、同グループの財務内容が実際にどこまで健全かは不透明感が残ります。今回問答無用のスピード救済となった背景にもこれに絡む懸念があったのかもしれません。

(図1)

CSグループ決算報告書等より作成

 クレディスイスは突然死したSVBやSBとは状況が異なり、常にコンプライアンスやガバナンス面に問題を抱え、これまでインサイダー取引や顧客の所得税税脱ほう助、危険な住宅ローン商品の流通、英国グリーンシル・キャピタルへの融資焦げ付き、米国アルケゴス・キャピタル・マネジメントの投資失敗による多額損失など、多くの問題や損失を発生させ、株価も2007年半ばの80スイスフラン超をピークに下落基調が続き、常に経営難が指摘されてきましたので、今回の事態はある意味、自業自得と言わざるを得ないでしょう。
 
 さて、この一連の金融不安を背景に、長期金利は先日一時3.4%を切る水準まで低下するなどボラタイルな動きとなっていますが、このような時こそ、短期的なニュースフローに流されることなく、中長期的な観点で客観的にデータ等を確認したいところです。
 
2.米国株価の現在位置
 
 まず、米国経済ですが、厳しい金融引締めを背景に低空飛行が続いてはいますが、依然として比較的堅調な状況を保っていると思います。景気指標に先行しやすいシティグループ・エコノミック・サプライズ・インデックスは、図2の通り、今年に入って依然として改善が続いていますし、他の経済指標を含めても少なくとも向こう数か月は景気後退入りするようには見えないと思います。

(図2)

Yardeni Research, Inc.資料より
www.yardeni.com

 また企業業績については収益見通しの下方修正はだいぶ進んできましたが、依然として年間ベースでは増益見通し(EPSは右肩上がり)です(図3)。この業績予想に基づき12か月先予想PERを試算しますと、直近で予想PER17.4倍と、過去20年の予想PER平均とほぼ同水準であり、PERの面からは特に割高でも割安でもない状況です。

(図3)

FACTSET Earnings Insight

 一方で金利対比のバリュエーションでは、イールドスプレッド(YS。米国10年国債利回り-益回り)が▲2.2%と、今月初めに10年国債利回りが4%超だった時と比べるとだいぶ改善してきましたが、過去平均YSの▲3%程度と比べると依然として株価はまだ割高な水準にあります。ちなみにYS▲3%を当てはめて試算しますとS&P500で3,450辺りが妥当な株価水準で予想PERでは15.2倍程度となります。また、エクイティ・リスク・プレミアムを使って過去平均値を当てはめて試算しますと3,000辺りが妥当な株価水準になります。いずれにしろ、金利水準対比では株価は割高と言えます。
 
 次に市場センチメントですが、米国個人投資家のセンチメントを示すAAIIセンチメント・サーベイは3月22日時点で▲28(Bull:20.9%、Neutral:30.2%、Bearish:48.9%)と、「買い」の水準になっています(逆張り指標なので「強気が少なく、弱気が多い」=「市場は悲観的」ということで「買い」シグナルとなります)。また機関投資家のポジションを表すNAAIMエクスポージャー指数は53.2と、こちらは「ほぼ中立」(強気でも弱気でもない)といったところです。個人投資家のセンチメントからすれば、目先は株価が反発してもおかしくないと思われます。
 
 先ほどの金利対比の割高感が解消する形で株価が大きく下落するリスクには警戒が必要ですが、当面は引き続きS&P500で3,800~4,200のレンジで推移するものと見ています。また、今後株価が大きく下落するとしても、今というよりは今年後半から来年初め辺りを警戒しています。その主な理由は以下です。

①今後も中小金融機関からの預金流出や破綻、救済など金融不安が続くと思われるも、長らく経営難にあった巨艦クレディスイスのスピード救済が決まり、主要6中銀による国際協調体制(ドル供給強化)も迅速に取られるなど、象徴的なイベントが過ぎたことが一旦のあく抜け材料となること
 
②上述の通り、米国景気は依然として比較的底堅く、景気後退入りするにしても年後半か来年初め頃のタイミングと思われること
 
③同様に、FRBが注目するコアPCE物価指数に対して実質政策金利がプラスに転換して物価や景気への影響が強まるのはまさにこれからで(図4)、今後の利上げに加えて、金融不安を受けた銀行の貸出態度厳格化によって今年後半~来年初め頃の景気後退につながる可能性があるため(少なくともそれまではFRBは利下げをせず、実質政策金利のプラスを維持するものと思われる)

(図4)

FREDより作成
https://fred.stlouisfed.org/

 一方で、今後仮に米国経済が景気後退入りし、FRBが利下げに転じた場合は、それまで縮小していたPERが再び拡大する形で株価が底を打つ可能性が高いと現時点では見ています。
 
3.今回の株価下落局面の特徴
 
 最後に今回の株価下落局面における特徴をいくつかおさらいしたいと思います。
 
 まず、この厳しい金融引き締めや金融不安の中で、株価がなぜ堅調なのかですが、一つにはやはり依然として過剰流動性相場が続いているものと考えています。リーマンショック以降の約15年間に亘る世界的な金融緩和やコロナ禍の現金給付などで膨張したマネーは、金融引締めが進む今でも、株のバリュエーションを押し上げる要因の一つになっていると思われ、それが先ほどの金利対比で割高な株価水準が解消しない主な要因になっているものと考えています(図5、図6)。個別銘柄の値動きを見ていても、魅力度高い成長銘柄などが場中に売り込まれた場合でも下値では買いが入り、結局はプラスで引ける動きが散見されます。

(図5)

FREDより作成
https://fred.stlouisfed.org/

(図6)

株式マーケットデータより作成
https://stock-marketdata.com/

 次に米国家計の状況ですが、家計の負債比率は、過去のテックバブル崩壊やリーマンショック時と比べるとだいぶ健全な水準にあり、また投資の待機資金となるMMFの残高も積み上がっている状況です(図7)。企業の負債比率についても、過去と比べて低くはないですが、対GDP比で概ね過去20年間の平均水準にあり、管理可能な水準と思われます(FRBの「All nonfinancial sectors debt」のデータより)。

(図7)

FREDより作成
https://fred.stlouisfed.org/

 また、今回の株価下落が過去の下落時と特に異なるのは、株価下落のタイミングです。図8の通り、テックバブル、リーマンショック、コロナショックの際は、FRBの利上げが進む中でも株価の上昇は続き、利上げの終盤、または利下げ開始後に株価が下落に転じている一方で、今回はFRBの利上げが始まる前から株価の下落が始まっています。その意味で今回は過去のケースとは異なり、ある程度までの悪材料は既に織り込んでいる状況と言えなくもないでしょう。

(図8)

FREDより作成
https://fred.stlouisfed.org/

 ただし、個人的にはこのまま株価がレンジを上抜けて回復に向かうよりは、やはり今年後半から来年初辺りにもう一段下押しするのではないかと現時点では見ています(その際にはS&P500で3,000台前半に入る可能性もあると思います)。

 これはいくつかのショックを体験してきたファンドマネージャーの職業病みたいなものですが、これだけの弱気相場が底打ち・反転するには、その前にある程度の痛みを伴う下げ(不安心理が高まる中での急速な下げ)が必要と考えるからです。ジャンプをするためには、その前に身をかがめないとジャンプできませんが、それと同じようなことが相場には必要だったりします。そうなれば、そこは本格的な買い場になるのでしょうが、今の状況のままですと、あく抜け感が無くて逆に次の本格回復につながる気がしないですね。

(実際の投資に際しては、自身のご判断でよろしくお願いします。)

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