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米国株式見通し

1.高インフレと急激な金融引締めへの懸念
 
米国株式は高インフレとFRBの急激な金融引締めによる景気への影響が懸念されています。新型コロナによるサプライチェーンの寸断やウクライナ情勢によるエネルギー価格・食品価格の高騰など、供給制約によるインフレ圧力は、需要の過熱や減速によるインフレの動きと違って構造的で粘着性があり、高止まりするとの見方が概ねコンセンサスです。
 
2%の物価目標を堅持するFRBは、昨年8回のFOMCの内、3月以降の7回に亘って合計4.25%の利上げを実施し、6月から11月には94年11月以来約28年ぶりの幅となる0.75%の利上げを4回も行う急速な利上げと量的引締めでインフレ抑制を最優先にしています。米国2年債利回りが10年債利回りを上回る逆イールドが続いており、今後の景気後退入りが懸念されている状況です。
 
今回のFRBの利上げは過去の利上げと比較してもペースが速く(図1)、経済への影響が懸念されますが、何よりオイルショック以降、約40年間ディス・インフレの環境に慣れてきた企業や市場参加者にとって、今回の急激な引締めによる心理面への影響は大きいと思われます。市場の5年先のインフレ期待を表す5年物ブレークイーブンインフレ率は昨年3月の3.6%をピークに直近は2.1%と、既にFRBの物価目標近辺まで低下しており、この後を追う形でCPIも昨年6月より低下してきています(図2)。

(図1)

過去の利上げ局面(直近の利上げまで)

(図2)

米国5年BEインフレ率とCPI(グレーは景気後退期)

 2.米国のインフレ率はピークアウト
 
FRBが重視するPCEデフレーターを見ますと、昨年6月に6.8%まで上昇した後は徐々に伸び率が低下しています(図3)。物価に2割強の寄与度を持つエネルギーと食品価格の動向が重要ですが、エネルギーについてはこれまでもエネルギー価格の上昇がインフレを引き起こしてきた歴史があります。70~80年の2度のオイルショックをはじめ、91年の湾岸戦争、03年イラク侵攻、08年のイラン・イスラエル緊張化(原油最高値)、そして今回のウクライナ情勢などです。

(図3)

米国CPI、食品価格伸び率、エネルギー価格

エネルギー価格が高騰すれば、生産・製造コストや配送コスト、輸入物価の上昇、コスト分の価格転嫁などを通じて様々な財やサービスの価格が上昇しますので、最重要項目ですが、これまでもエネルギー価格の高騰が長く続いたことはなく、今回も昨年3月の130ドルをピークに既に低下しています。
 
また食品については、世界人口の増加や異常気象などの構造的な問題に加え、ウクライナ情勢による小麦や肥料(塩化カリウムなど)の供給制約が懸念されますが、エネルギー価格の上昇による製造や配送、パッケージなどのコスト上昇による影響も大きく、エネルギー価格低下に沿って食品価格の伸びも弱まりつつあります。
 
このようにピークアウトが見られるエネルギーと食品価格ですが、この2つは大きく変動しやすいため、これらを除いたコアPCEデフレーターが注目されています。コアインフレ指数ではサービス価格の寄与が約7割を占め、中でも住居の構成比が高く、特に家賃の動向が重要です。また当然賃金もインフレの動向を左右する重要項目となります。
 
まず家賃を見ますと、2021年半ば以降大きく上昇していますが、家賃に1年数ヶ月程度先行して動く住宅価格は昨年前半に20%以上の伸びを見せた後、直近は一桁台の伸びに急速に鈍化(ケースシラー全米住宅価格指数)していることから、家賃も今年後半には鈍化してくると思われます(図4)。また、賃金についても2021年半ば以降、高い伸びとなっていますが、それでも昨年3月をピークに伸びは鈍化してきています(図5)。

(図4)

米国住宅価格指数と家賃の動向

(図5)

米国失業率と平均時給推移

このように全般的にインフレの伸びは鈍化しつつあります。もちろん、そうは言っても伸び率の水準は高いですし、供給側の混乱もまだ残っていますので、このインフレは「粘着性がある」「高止まりする」という見方は頷けます。

ただ、「インフレ」が高止まりすることと、「インフレ率」が高止まりすることを混同しないことが大事です。注目は変化率であり、物価が同じ変化率で上昇し続けなければ、インフレ率は低下します。FRBによる急激な金融引締めで景気減速懸念もある中、今後も物価が同じ変化率で上昇し続けると想定するのもやや無理があると思われ、むしろコロナやウクライナ情勢が再び大きく悪化しない限り、インフレ率は緩やかながらも低下に向かいやすいと考えるのが自然です。
 
また、よく雇用指標の強さを理由に「まだまだ賃金の上昇圧力は続く」「金利のピークはまだ先」「23年中は利下げに転じない」といった見方がされますが、そもそも雇用指標は景気後退入りしてから急速に悪化する遅行指標(図6)ですので、今の雇用環境から景気や金利を先読みするのはあまり当てにならないと思います。さらにFRBは雇用が急速に悪化する中で遅れて急速な利下げに転じるというのが常なので、今回も利下げに転じる際は緩やかな利下げよりも急速な利下げになりやすいと考えます。

(図6)

米国失業率(青)と政策金利(赤)

3.インフレ鈍化と景気減速のどちらが先か
 
さて、米国株式市場の現状を確認したいと思いますが、株価動向を景気とインフレの動向と合わせると図7のようになります。赤の名目GDPが2021年前半の高い成長率をピークに鈍化する一方で青のCPIが上昇し、赤と青の差(簡便的には実質GDP)が縮まる中で、緑のNASDAQ指数はFRBの利上げ開始前の昨年初から下落に転じています。

同様に70年代の高インフレ時の状況を確認しますと図8のようになります。73年初からの動きを追うと、赤の名目GDPが鈍化する一方で、青のCPIが上昇し、赤と青の差である実質GDPが縮小する中で緑のNASDAQ指数が73年初から下落に転じており、ここまでは今回の動きとよく似ています。

(図7)

今回の米国名目GDPとCPI、NASDAQの推移

(図8)

70年代の名目GDPとCPI、NASDAQの推移

ただし、ここからは異なります。図7では、青のCPIが昨年6月をピークに緩やかな低下に転じており、赤の名目GDPにかなり近づいた(実質GDPは若干マイナス)ものの、明確に逆転はしていない状況ですが、図7の70年代では株価が下落に転じてから1年も経たないうちに青のCPIが上昇し続ける形で赤の名目GDPと完全に逆転し(つまり実質GDPが大きくマイナスに転じ)、景気後退入りしてしまった後にCPIが低下に転じているということです。
 
現在はこの①70年代のような実質GDPの大幅な減少(生産量の減少)と高インフレ率が同時進行する状況(スタグフレーション)に陥るか、それとも②このまま景気が減速しつつも、インフレ率も鈍化することで、赤と青が明確に逆転しない(実質GDPが大きなマイナスとならない)状況を継続できるかの瀬戸際にあると言えます。まさにインフレ鈍化と景気減速のどちらが先かの勝負です。①の場合は株価がここからもう一段大きく下げるでしょうし、②の場合は株価がレンジ内の横ばい~回復に向かいやすくなります。
 
ちなみに現時点のIMFやFRBの米国経済見通しによれば、2022年第4四半期の実質GDPがゼロ~若干マイナスになる可能性はありますが、インフレ率の再加速がなければ、深刻な景気後退までは至らない②のケースがメインシナリオとなっているようです。私もこの②のケースを期待しているところですが、先述の通り、FRBは雇用が急速に悪化する中で急速に利下げするのが常なので、今回が②の軟着陸ケースになれるかどうかは予断を許さないですね。

4.株価はいずれ回復する
 
最後に過去の株価下落(10%以上の下落)と、その下落前の水準までの回復に要した月数をまとめました(図8)。株価下落の原因や経済状況などがそれぞれ異なりますので、傾向は一概に言えませんが、
①株価下落率が10%台であれば、下落前の水準に平均半年くらいで回復、②下落率が20%台であれば、平均1年半くらいで回復、③30%以上であれば平均5年半くらい回復にかかりますが、株価回復に10年以上要した世界大恐慌を除くと、④平均3年くらいで回復しています。
 
今回は今のところ株価(S&P500)のピークから昨年10月の底まで約25%下落していますが、この下落率で止まって、回復に向かってくれれば、昨年10月から1年半後くらい、つまり2024年4月くらいには下落前の水準あたりまで回復してくれると期待したいところです。一方で先ほどの①のケース(スタグフレーション)に陥った場合は株価はさらに下げ、回復に3年くらいはかかってしまうかもしれません。

(図9)

過去の10%超の株価下落局面における下落と回復の月数

ただ、一つだけ確かなことがあります。それは、過去のどの株価下落も必ず下落前の水準に回復しているということです。これは株式市場が基本プラスサムだからですね。いつ株価が回復するかはなかなか読みづらいので、株価が大きく下げた局面で、時間分散で焦らず少しずつ長期的な視点で投資していく(事業の経済性をしっかり見極め、長期的に成長が見込める企業のオーナーになる)というスタンスで臨むのが良いのではないでしょうか。

(投資の際はご自身のご判断でお願い致します。)

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