8人の悪魔 #1
畦倉潤子は、取り柄のない女である。
その、強い正義感を除いて。
「───本当にここですか?」
都心から離れた住宅街の一角にある、廃墟寸前の団地。
その6階、一室の扉の前には、奇妙な二人が並んで立っている。
一人は、長身の女性。作業服に安全靴といった服装。
畦倉潤子巡査である。
「本当に、ここですか?」
畦倉は、側に立つもう一人の人物へ尋ねる。
「私様の消化器官だぜ? 何処からでも居場所はハッキリと理解るぜ」
答えるのは……髑髏の女。
身長は120センチほどで、小学生よりも小さい。しかし、フード付きのパーカーとジーンズに隠された顔も手足も、白骨化した人骨である。
胴体部分はほぼ大人の骨格であり、異様に手足が短い。
髑髏はタバコに火をつけ吸うと、ガミースマイルで吐き出す。抜けた歯や目の間から煙が吐き出す。
畦倉は僅かな逡巡のあとドアノブを回す。しかし、当然ながら施錠されている。
「ふぅ───」
畦倉は一息深呼吸すると、意を決し扉を蹴破る!
その思い切りの良さに、髑髏は喜悦を上げる。
「イヒヒ!やりやがった!それでこそ私様が目をつけた相棒だぜぇ!」
金属製の扉が大きな音を立てて内側に倒れ込む。
「警察です!望口紺太を出しなさい!」
畦倉は手帳を突き出しながら部屋に押し入る。
「な、なんですかアナタたちは?!」
玄関の先、キッチンにいたのは50台程度と見られる女性。この部屋の住人だろうか、突然の乱入者に驚き叫ぶ。
畦倉はそんな女性の肩を掴み、後ろへ逸らしながら構わず廊下の奥へ進む。
そこにいたのは、罅割れた鏡餅ようなシルエット。大きさは高さ2メートル、奥行きは3メートルほどの肉の塊。
表面はひび割れ、てらてらと粘液にまみれ、イソギンチャクを思わせるグロテスクな突起がいくつも生えている。
目や鼻はなく、唯一、その中央にいくつもの歯が無軌道に生えた口が存在している。
完全な、怪物。
「なん、……は?え?」
畦倉は呆気に取られ反応が一瞬遅れた。それが致命傷だった。
畦倉の両腕が、溶かされ無くなった。
脈動する突起から紫色の虫のようなものが湧き出し、それに触れた部分から肉がとろけて液化したのだ。
「美味ィィィ」
畦倉の腕を溶かした虫たちは、そのままUターンして怪物の口に吸い込まれる。
そうやって溶かしたモノの味を、あの怪物は味わうことが出来るようだ。
「あ、あああ?!」
畦倉は突然の激痛と喪失感に、地面に尻餅をつきのたうちまわり悶絶する。
───脳裏に浮かぶのは、数ヶ月前に見た光景。
どこにでもある普通の一軒家。物々しい雰囲気で現場検証を行う刑事たち。
……部屋いっぱいに満たされた赤黒い液体。
検察によると、その体積は人間4人分。その家に暮らしていた家族と同じ数。
部屋に飾られた写真の中で笑う両親と姉妹。
何の罪もない一家が、殺された。
その事実に、畦倉の理性は失われた。昼夜を問わず畦倉はこの時間の犯人を見つけ出そうと、市中を這いずり回った。
しかし、どうやったかも不明な異常な殺害方法に、捜査は難航。一切手掛かりがないまま、数ヶ月が過ぎた。
((いいねぇ、良い感じにイカれた目だよアンタ))
そんなある日、畦倉の前に髑髏が現れた。
((私様の消化器官、排泄器官、呼吸器官、神経器官、循環器官、生殖器官……全部見つけるまで、アンタのことを相棒として……使ってやんよ))
───畦倉の目は、怒りによって爛々と光る。
「こうやって、あの家族も殺したんだな?」
畦倉は痛みに耐え、歯軋りしながら立ち上がる。
そんな畦倉を目がけ、再び虫が塊となって殺到する!
「紺ちゃ──」
畦倉と肉塊の間にいた女性は、あっという間に溶け落ち、水溜りと化す。
「お袋の味ぃ」
目の前で人が殺された。畦倉は己の不甲斐なさに震える。
「相棒!」
虫の大群が畦倉を捉えようとしたそのとき。骸骨の身体が弾け、無数の骨のパーツが飛び散ると、畦倉の両腕へと収束するように集まり、取り付き、組み立ち、何かを形作っていく。
出来上がったのは、骨のガトリング銃。
畦倉の意思とは関係なく腕が動き、銃口を怪物の元へ合わせると、シャフトが高速回転。無数の骨が放たれる!
「────弾捨離!!」
「だめだ、殺すな!」
畦倉は叫んだ。
【つづく】
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