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「特別展 きもの」見てきました

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 もともと4月の開幕後すぐに行くつもりだった「きもの展」。予約してあったチケットがキャンセルになり、会期を改めての開催が決まってすぐにチケットをとるも、直後に東京都の感染者数急増にビビって見送り。
 今もまだ新型コロナウィルスの影響は予断を許さない状況ではありますが、むやみに怯えているような状況でもなくなってきたかしら、と思えたので思いきって行ってきました。

 さすがに奈良・平安期の王朝文化を伝える実物は残っていないということか、展示されているのは古いものでも13世紀のものから。16世紀安土桃山時代からがメインになります。
 あちこちの宣伝媒体でも目玉として紹介されている信長の陣羽織だとか、江戸に入って世の中が安定し、経済の発展とともに華やかになっていく小袖や振袖はほんとうにみごととしか言いようがなく、細やかな色彩や手の込んだ技の数々にはため息が出るばかり。明治から大正、昭和と時代がくだり、銘仙の登場によってポップでモダンな柄行がこれでもかと並ぶ様子はじつに壮観でした。

 いっぽうで久保田一竹や岡本太郎をはじめとする現代作家の作品は、私にはそれほど響きませんでした。たしかにすばらしい技法・技巧であり、デザインも大胆だったり壮大だったりしてアートとして見ごたえのある、すてきな作品ではあるのだけれど、べつに「きもの」じゃなくてよくない?って思えてしまったのでした。私にとってきものはやはり着る物、身にまとってこそ完成するものであってほしいという思いのほうが強いのでしょう。
 「YOSHIKIMONO」と題してYOSHIKIさんのプロデュースした一連の展示は、正直「あ、はい、お好きにどうぞ」としか言いようがなく……。ご実家が呉服屋さんだというのは今回初めて知りましたが、きっと広く深く、いろいろな思いを持っていらっしゃるのでしょうね。私個人の好みとは関係なく、世代や地域性を越えて発信してくれるならこんなありがたいことはありません。

 さて、私じつは専門学校の「和裁師範科」というのを卒業しておりまして、きものに関しては着ることや鑑賞すること以上に縫うこと、仕立てることへの興味のほうが大きいのです。なので、今回のきもの展でも、いちばん見たかったのは染織よりも刺繍よりも、その仕立て方なのでした。
 その仕立て方に関して、いくつもの疑問や驚きがあったので、やはり行ってよかったと思います。

 いちばんの驚きは、帷子と呼ばれる夏向きの薄い麻のきものの多くで、衿下が布端(耳)そのままだったこと。私が学校で習った方法、現在一般的な方法としては、たとえ耳が衿下にくる裁ち合わせになったとしても三つ折りぐけにするはずです。
 また古いものは身頃に揚げが入っていなくて、肩山~袖山と衿肩回りの縫い目が一直線になっていたこと。女物でもあまり衣文を抜く着方をしなかったのかなとか、裾が傷んだからって直してまで着なかったのかなとか、時代が下るにしたがって庶民も着るようになったことで仕立て方に変化があったのかなとか、いろんなことを思いました。

 今回の展示では、美的・芸術的な観点から流れを追ったものになっていたと思います。それとは別に、「実用の美」として仕立て方に焦点を当てた特集なども見てみたいですね。着心地のよさのための工夫、着姿の美しさのための工夫、丈夫さを追求する技術、そして最下層を含む庶民が働く・暮らす場面で着ていたおしゃれとは無縁の「着る物」をとことん使い倒すための知恵。素材の調達から縫製技術の変遷なんかも見てみたい。

 それと、今回展示されているきものの素材は絹か麻がほとんどで、絹でも紬などはなかったし、おしゃれ着ではない日常着として多用されていたはずの木綿も日本の各地に名産地があり、それぞれに発展してきているのに取りあげられていなかったのは残念でした。

 もちろん今回の企画の趣旨・コンセプトとは別の流れになると思うので、これはこれで改めて企画してほしいと思ったのでした。
 なにしろ、とくに木綿のきものなんて、反物からまず長着を作ったとして、さんざん着たおして傷んだところを避けて前後左右を入れ替えて仕立て直したり、複数枚のきものから使えるところを寄せ集めてパッチワークのようにしたり、あるいは薄く痩せた生地を重ねて刺し子などで補強したり、さらにはおむつや雑巾にもなったろうし、最後はかまどの焚きつけにしたりもしたそうですから、とにかく現存していないわけです。それでも昨今話題のSDGsという視点からみても面白い展示ができると思うのですが。どうですか、トーハクさん、検討していただけないでしょうか?

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