ラッコ

絶滅危惧種となったラッコ。その姿を国内の水族館で見られるのは現在僅か二館となった。三重県鳥羽市の鳥羽水族館と、福岡県にあるマリンワールド海の中道だ。
私が小さかった頃、というともう十数年以上にもなるのだが、関東圏内の水族館にもラッコの姿はあったように記憶している。年を重ねるごとに、彼らは水族館から姿を消してしまい、国内に存命するラッコは三頭のみとなってしまった。ワシントン条約もあり、新しい個体を水族館で見ることも望み薄である。北海道に野生のラッコ達はいるが、彼らはあの場所で生き、そして野生の個体としてあるがままに生きていてほしいと私は願っている。
元々、動物にはそこまで興味関心はなく、動物園も水族館も特別好きというわけではなかった。のだが、鳥羽水族館にいるラッコのメイちゃんの存在を知ってから、私の人生は大きく変化した。
まず、おひとりさま水族館に対しなんの抵抗感もなくなった。昔から一人行動は好きだった。だが水族館に行く、というのはなんだか一人では気が引けていた。私の中で、水族館は家族や友達で行く場所、またはカップルのデートスポットという印象が強かったのだ。
私のおひとりさま水族館デビューは、三重県鳥羽市にある鳥羽水族館だった。関東に住んでいるので、一人旅といってもいい距離感だ。親は三重県に一人で行くことに少し唖然としていたが、そこら辺を気にしていては何も始まらない。と、私の中の松岡修造が喝入れをマックスでしていたおかげで、鳥羽までの道中はわりとすんなりといった。
いざ!と、水族館に入って思った。鳥羽水族館はしっとりとした落ち着きのある空間だった。順路のない水族館となっており、見たい場所を自分で決めて向かうことができる。静謐、とはまた違う穏やかさが滲んでいて、兎に角居心地がいい。
ラッコ水槽前に、ひとりで立ち、二頭の姿を見た時。ここに来て本当に良かったなあ、と心の底から歓びを感じた。メイちゃんが、キラちゃんが、生きてここにいてくれる。その奇跡のような当たり前を、自分の目で見ることが叶ったのだ。
すっかりおひとりさまだということを忘れ、流れる時間すら忘れ、ずっとラッコを見ていた。
それだけで心は満たされていたし、可愛い彼女らの姿を見つめていられる瞬間は、幸福そのものだった。

いつか、そう遠くないうちに日本の水族館からラッコがいなくなってしまう。会えなくなる前に、命は有限だ。会えるときにたくさんあいに行って、その愛らしく時に激しさもある姿を見ていきたい。
そこにはおひとりさまでもおふたりさまでも、等しく大きな喜びが待っている。

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