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生徒がAV出演!? 学校はどう対応する?【神内聡先生インタビュー第3回】

2022年6月、いわゆる「AV新法」が施行されました。AV(いわゆるアダルトビデオ)の制作自体を厳しく規制する内容に賛成の声がある一方で、関係者からは改正の声が早くも上がっています。学校も無関係ではありません。この問題に学校はどう向き合ったらいいのでしょうか? 
今回は何かと誘惑の多い夏休み、『大人になるってどういうこと?』の著者であり、スクールロイヤーとして活躍する神内聡弁護士にお話をうかがいました。(神内先生特別インタビュー 第3回)

AV新法って何をする法律?

悪質な業者は取り締まりへ

――2022年6月にいわゆるAV新法(※)が国会で成立し、施行されました。この法律の内容をうかがう前に、AVをめぐってはどのような問題があったのか教えていただけますか。

※正式名称は「性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律」。

神内聡先生(以下、神内) なんらかの事情で貧困に陥った女性がAVに出演したり、性風俗に従事したりすることは昔から問題視されていました。仕事の内容が内容ですし、女性の人権と尊厳が侵害されているのではないかということで、救済を求める声は昔からありました。

――そのような問題は以前からあったのに、なぜ今になって注目されているのでしょうか。

神内 それは成年年齢の引き下げに関係しています。2022年3月までも18歳以上であれば、AVの出演はできました。しかし、当時の18歳や19歳は未成年ですから、「未成年取消権」を行使して出演を取りやめたり、作品の流通を止めたりできました。
けれども2022年4月からは、成年となった18歳や19歳には未成年取消権はありません。そのため、「ダマされてAV出演契約をさせられる若い人が増えるのではないか」「保護したほうがよい」といった声が一部の法律家から上がっていました。今回の法律ができたのは、このような活動も影響していると思います。もっとも、後述するように、実際に制定された法律は年齢に関係なく取消が認められるもので、成年年齢引下げとは全く関係なくなっています。
 
――性風俗も問題視されていたようですが、今回はAVだけなんですね。

神内 AVは映像が将来も残ることや、その映像で脅迫されることもあることから、今回、規制の対象になったのだと思います。実際、AV新法の第三条には「出演者の心身及び私生活に将来にわたって取り返しの付かない重大な被害が生ずるおそれがあり……」と、書いてあります。

――この法律によって、どのように被害を防ぐことができるのでしょうか。

神内 一例を紹介すると、AV制作者は書面での契約、契約書の交付や内容の説明が義務化されました。そして契約書の交付から1か月間は撮影禁止。撮影から4か月間は販売禁止です。制作者は違反すると刑罰が科されることになります。
そして、ここからが厳しいのですが、作品が公表されてから1年間は、出演者は無条件で契約を解除することができます(※)。

※令和4年6月23日~令和6年6月22日までの契約は公表から2年間。

――契約書の作成が義務化されたということは、AV業界では契約書すらなかったのですか。

神内 知り合いの弁護士から話を聞いたところでは、今はAV業界も大手業者はそれなりにしっかりとしたルールにのっとっているようです。
出演者とは契約書を作成するようにしているし、業界団体も出演者も自主的に改善を進めているようです。

――「今は」というと、昔は違ったのですか。

神内 以前はひどかった時期もあったようです。契約書そのものがなかったり、人権を軽視するような契約内容だったり……。しかし、2000年に消費者契約法ができてからは、業界でもガイドラインが作られているようです。
一方で、ルールを守らないAV制作者や、デートDVのような形で無理やり映像を撮影、アップロードしている個人がいるのも事実で、今回の法律で悪徳な制作者が取り締まりを受けるようになったのはよかったと思います。

AV新法は「AV取締法」と言える

――仮に、公開後に契約を解除されたら、その後どのような動きになるのでしょうか。

神内 契約が解除されたら、当事者は原状回復義務を負います。つまり、出演者は出演料を返金することになりますし、制作者は映像を回収したり、ネット配信を中止したりすることになります。でも、制作者は出演者に損害賠償をすることはできません(※)。しかし、そもそも一度出回ってしまった映像を全て回収できるかは懸念されます。

※第十三条 3 出演契約の任意解除等があった場合においては、制作公表者は、当該出演契約の任意解除等に伴う損害賠償を請求することができない。
 第十四条 出演契約が解除されたときは、各当事者は、その相手方を原状に復させる義務を負う。

――確かに、ネット上にアップロードされたら、削除はほぼ不可能に思えます。

神内 さらに言うと、法律が定義しているAVが性行為に関連した映像等に限定していることも議論が不十分な気がしています(※)。これでは、例えば、ただイチャイチャしている作品や下着だけを映している作品はおそらく除外されてしまう可能性があります。はたしてどこまでをAVと考えて、法律がつくられたのか疑問があります。
 
※第二条 2 この法律において「性行為映像制作物」とは、性行為に係る人の姿態を撮影した映像並びにこれに関連する映像及び音声によって構成され、 社会通念上一体の内容を有するものとして制作された電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)又はこれに係る記録媒体であって、その全体として専ら性欲を興奮させ又は刺激するものをいう。
 
――ただ、こうした強力な取消権を認めることは、18歳、19歳をしっかり保護するということではないのですか。
 
神内 いや、それが違って、出演者は何歳だろうが取り消しができるんです。議論の出発点は「18歳、19歳は判断力が乏しいから保護すべき」といった話でしたが、「AVや性風俗は悪である」という価値判断の問題にすり替わっています。
正直、今回の新法は「AV取締法」と言っても過言ではありません。それは「AV出演被害により、将来にわたり取り返しの付かない重大な被害が生じていることから、被害を防止し被害者を救済する」という目的を達成するための必要最小限の規制にとどまっていないからです。本来、憲法で保障された人権を規制する場合は目的達成のためにより制限的でない手段がないかを検討しなければなりませんが、この法律はその点で問題があります。

AV新法が救うのは誰?

――「契約が簡単に取り消される」ということは、どのような影響を与えると予想されますか。
 
神内 制作を控えるメーカーも出てきて、出演者の仕事が減ることも考えられますし、現にそのような声も上がり始めています。制作本数自体が減ることもありますし、取り消しそうな人には出演依頼が来ないでしょう。自由に出演する権利も侵害されることになります。AV制作は適法なビジネスなわけですから、それを規制するなら、何らかの補償があってしかるべきだと思います。
また、特定の職業選択を制約しているわけですから、憲法に抵触することも考えられます(※)。今のところ、日本で職業自体が法的に否定されているのは暴力団だけ。性風俗は、一定的の道徳的な反対があり、昔から取り締まりもあるのは事実ですが、憲法上は「職業に貴賎なし」なんです。行政法の専門家は、刑罰を科された業者が国を相手に訴えてもおかしくないと指摘しています。
 
※第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
 
――出演者もそうですし、スタッフも仕事が減って困ることはないでしょうか。
 
神内 冒頭で、AV新法が成立した背景として女性の貧困があると言いましたが、女性を貧困から救うはずが仕事を奪い生活困窮者を増やしては本末転倒です。もし貧困対策を目的とするなら、福祉政策を充実させるべきだと思うんですね。「貧しい女性はすぐにAVに出演し、取り返しの付かない被害にあってしまう」という構図は、あまりに短絡的な気がします。
「貧困などで一体何人がAV出演を余儀なくされているのか」といった立法事実をきちんと調査して、エビデンスにもとづいた立法の議論が必要ではないかと思います。「AVに出演させられてかわいそう」という印象が先行して、現実に働いている人を見ていない気がしてなりません。
 
――そのほかにも懸念はありますか。
 
神内 禁酒法と同じことが起こる懸念はあります。アメリカでは20世紀の前半に酒の製造、販売、輸送が法律で禁じられましたが、結果、酒の密造や密売が横行しました。AVでも同じようなことが起こるかもしれません。
 
――先生は、本来どのような法律であるべきだったとお考えですか。
 
神内 前述のように、この法律は憲法で保障されている制作者の営業の自由と出演者の職業選択の自由を規制するものです。そうであるならば、目的達成のために必要最小限の規制でなければなりません。
個人的には、時限法(一定の期間を付した法令)で取消権を認める程度だったら、業界への影響も軽微で、かつ民法改正直後の被害を防げるという意味でいいのではないかと思います。恒久的に認めてしまうと、他の契約との整合性がつかなくなります。例えば、ローン契約でも重大なトラブルは起こりえますが、18歳、19歳の取消権は認められていません。今回のAV新法は、改正民法の「唯一の例外」をつくってしまったのです。
また、今回の法律では出演契約を解除した際に取り返しが付かない被害を回復するために差止請求権が創設されましたが、法律の目的を達成するのであればこれだけでもよかったような気がします。
 

学校の対応について

学校はAV新法を生徒に伝える?

――AV新法の内容は、学校でも伝えますか。

神内 難しいですね。生活指導の先生の中には、この法律ができてありがたいと言う人と、内容を伝えると安易に生徒が手を出すのではないか心配する人の両方がいます。私はどちらかというと後者のほうです。
というのも、たいていの生徒は指導すれば気をつけてくれるのですが、中には「取り消せるなら、ちょっとなら出てみようかな」と、逆に興味を持ってしまう子がいるのです。AVの定義からはずれる性交のない映像に出る子が現れるかもしれません。

――そもそも、指導が必要なほど、学校では性産業に関するトラブルがたくさんあるんでしょうか。

神内 AVもそうですし、男性と一緒にいた写真が見つかった、キャバクラやラウンジで働いていた……山ほどあります。

例えば、自分が受けた相談の中には、ある生徒にそっくりな子がAVに出ていたという情報が学校に入り、それがきっかけで退学になったケースがあります。本人に確認してもシラを切ったそうですが、保護者が認めて、退学になったそうです。

――退学処分に対する親の反応はいかがですか。

神内 保護者が性産業に従事していると揉めることがあります。親と同じ仕事をして退学となれば、「職業に貴賎なしだろう」「うちらだってがんばっているんだ」と怒りますよね。
先ほど言った憲法の問題もありますし、その仕事に就いただけで、おいそれと学校が退学処分を下すのは難しい面があります。ある意味では、AV新法は保護者の職業の多様性を軽視した法律だとも言えます。
 
――男の子のケースもあるんですか。
 
神内 もちろんです。たくさんありますよ。好奇心旺盛な子、そういう業界に抵抗感がない子もいます。親が暴力団関係者の子は、足を踏み入れるのが早いと感じます。
 
――出演が判明したら、学校に居続けることはできないのでしょうか?
 
神内 何が大事かというと、他人が知っているかどうかなんです。知られていたら本人も居づらいと思うんです。学校側も、真似する生徒が出てきたり、学校の評判が落ちたりすると困りますから、何らかのペナルティを科すでしょう。
 
逆に、知られていなければ、もう少し穏便に済ませることができます。
ある学校では、生徒本人がAV出演を“自首”してきたケースがありました。生活指導の先生は退学にすべきだという意見でしたが、かえって噂が広まったら困るでしょうし、本人が反省しているなら訓戒でもいいのではないかと伝えました。結局は、退学は免れましたが、停学か何かの処分が下されたようです。

友達のAV出演をもらす

――どうやって学校は情報をつかむのでしょうか。
 
神内 多いのは友達とのトラブルです。AVに出た生徒は、そのことを友達につい言っちゃうんですね。それで仲が悪くなった時に、その友達が学校に言いつけるんです。もう他の人に言った時点でアウトです。
それと、私が学校から相談を受けるケースとして多いのは、匿名の情報提供ですかね。ただし、匿名の場合は生徒の安全が脅かされているなどの事情がない限り学校側は動かなくてもよいと助言しています。
 
――本人にも確認はしないんですか。
 
神内 さすがに本人だとはっきりわかる画像の場合は、本人を呼び出し、匿名で情報提供があったことを伝え、注意します。あとは親を呼び出して、校内でも共有しておきます。
中にはリベンジポルノで生徒が被害者ということもあります。その場合は、警察に届け出るか、保護者への連絡はどうするか相談を受けますね。もし被害者や保護者が法的な助言を求めている場合は私が立ち会うこともあります。

親の愛情に飢えてAV出演

――この手のトラブルは、なにか傾向があるのでしょうか。
 
神内 どんな学校でも同じような問題を抱えていると思われます。たとえば進学校でも事例は多くあります。
 
――意外です。やはり興味本位からでしょうか。
 
神内 それもありますが、例えば、親に振り向いてほしいからAVに出た子もいました。リベンジポルノの加害者になった男子生徒もいました。デートDVの相談もよく受けます。校内で交際している男女間で暴力があって、片方が退学、片方が保護されることもありました。この手の話と進学校かどうかは別ですね。
 
――「親に振り向いてほしいから」とありましたが、生徒にとっては退学のリスクがあるのにAVに出てしまうんですか?
 
神内 そこまでしないと、親が自分に関心を持ってくれないということです。進学校でも、親とあまり関わってこない子や愛情を受けてこなかった子もいます。
 
――難しい問題ですね。

生徒の生き方を否定したくない

神内 逆に、「AV女優で頑張りたい」などと性風俗産業への就職を希望する子もいます。そうした生徒への対応について相談を受けたことがあります。親が同じような性風俗産業に従事していてお金を稼いでいるのを見ているからなんですね。
 
――「がんばりたい」と言われても、学校としては困りませんか。
 
神内 困りますよ。困りますけど、この業界は若いことが武器になることが多く、「もう少し社会経験を積んでから……」というアプローチが取りづらいんです。もちろんリスクや将来へのマイナスの影響についてもちゃんと説明しなければなりません。
 
――では、そのケースでは退学はさせなかったのですか。
 
神内 はい。基本的に法律的には適法な職業を選ぶわけですから、憲法の職業選択の自由から考えれば、教師がそれだけで生徒を退学させるということはできないです。
ただ、生徒には節度ある行動をするように注意し、成績が悪くなったらやめるように、といった指導をすればどうかと助言しましたが、この子は成績に問題はなかったようです。
 
――周囲の生徒たちへの影響はどうだったんでしょうか。
 
神内 友達もみんな知っていましたが、特別な子だと認識していたようで悪い影響は出ませんでした。それに本人もプロ意識が高いからか、自分の出演作品を他人に見せるといったことはしなかったようです。逆に言うとそこまで考えが回らない子が、トラブルを起こしてしまうんです。

私も教師としてこれまで何千人もの生徒を教えているので、教え子の中には本当にこの道で有名になっている人もいます。その意味で現実的には職業の1つであるAV出演を必要以上に取り締まるこの法律には抵抗があるんです。

実際に子どもに相談されたらどうする?

――お話を聞くと、やはり学校での指導の難しさを感じます。

神内 本当にいろんな子がいるので、職業の話は簡単ではありません。一方向からの価値観で生徒に伝えると、その反対側の職業で親が働いていたりすることもありますしね。

――実際に生徒から相談を受ける際はどのようなことを大切にされていますか。

神内 子どもの相談にのる際は、一人として同じ人間はいないという多様性を前提に、一方向の価値観からアドバイスしないことを大切にしています。正直、相談内容によっては、感情が大きく揺れることはありますが、相談された事案の裏側に隠れた、生徒一人ひとりの背景や価値観を受け入れたうえで、適切なアドバイスをできるように心がけています。

特に今回の法律は、イニシアチブを出演者側が持つ、つまり自己責任がより大切になる法律ともいえます。生徒がなにか大きな被害を受ける前に、相談できる環境を引き続きととのえていくことは重要だと思います。

神内聡
1978年、香川県生まれ。弁護士、兵庫教育大学大学院准教授。東京大学法学部政治コース卒業。同大大学院教育学研究科修了。中高一貫校の社会科教師として勤務しながら、各地の学校のスクールロイヤーとして活動している。テレビドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」の法律考証や、「公共」の教科書執筆なども担当。著書に『学校弁護士』(角川新書)、『スクールロイヤー』(日本加除出版)など。

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(写真提供:pixta)