サイレント・コネクション 第5章

メッセージ

「来てほしい」、椎名純礼の声を聴いた。
急いで駆けつける貴仁と啓太の前に、映像が映し出される。確かにレスポンスが返ってきているように見える。周波数は一定間隔ごとに電波を出したり、消えたりを繰り返している。これはASK変調の典型的なパターンだ。

「ASK変調って何?」ありさが尋ねる。貴仁はASK変調について説明する。

「ASK変調、つまり振幅シフトキーイング(Amplitude Shift Keying)は、デジタル通信で使われる変調方式の一つだよ。振幅変調(AM)と似ているけど、デジタル信号を伝送するために使われるんだ。簡単に言うと、ASK変調では、キャリア波の振幅を変化させてデジタルデータを表現するんだ。例えば、振幅が大きい状態をデータの"1"、振幅が小さい状態を"0"として表現することができる。」

「なるほど、そんな風にしてデータを送るんだね。」ありさは納得した様子でうなずく。

そこで、データにおかしいところがないかを1つずつ確かめることにする。周波数の変動パターン、間隔、持続時間など、ありとあらゆる要素を調べていく。

キャリア周波数は5.1525MHz。

「この数値には意味があるの?」播本ありさが聞く。
貴仁はその数値の意味するところを考える。
もし、これが何かのメッセージならば数値に意味を持たせるはずだ。
貴仁、純礼、啓太の3人は様々な仮説を当てる。

純礼は何らかの定数に関連しているのではないかと考えた。「誰もが必ず知っている定数。一定の文明があれば必ず知っている定数だ。」

3人はいろいろな定数を挙げる。円周率、自然対数の底、光速など、さまざまな定数を考えるが、どれも周波数と直接的な関連がない。

「宇宙人も10進数で考えるのかな?」覚えたての知識を使って、ありさが聞く。
10という数字は、人間の指の数から来ていると言われている。宇宙人も指の数がそうとは限らない。

貴仁は首をかしげながら考える。「普通なら2進数だろうと思うけどね。コンピュータの基本は2進数だし、宇宙人にとっても理にかなっていると思う。」

純礼も同意する。「そうだね、それに2進数は情報の表現にも適しているし、宇宙的な規模で考えると、2進数の方が合理的だよね。」

啓太も頷く。「まあ、でも宇宙人の考える数字の体系が何なのかは、やっぱりわからないけどね。」

3人は引き続き、周波数に隠された意味を解き明かそうとする。宇宙人の思考や文化についても想像しながら、彼らのメッセージを理解しようと試みる。

「周波数って、時間で割っているよね。でも秒っていう時間の単位は人類が勝手に作ったものだ。宇宙人や古代人なら、長さではないかな?」啓太がそう提案し、5.1525MHzから波長を計算し始める。

波長(λ) = 速さ(v) / 周波数(f)
この場合、速さは電磁波の速さで、光速(約300,000キロメートル/秒、または約3.0 x 10^8メートル/秒)
λ = (3.0 x 10^8 m/s) / (5.1525 x 10^6 Hz) ≈ 58.24 m
この計算により、5.1525MHzの周波数の波長は約58.24メートルであることがわかる。

宇宙人や古代人という言葉に、ありさは目を輝かせている。貴仁も興味津々で話に参加する。

3人とも何かのファンタジーの世界のような議論をしている自覚がある。大学の部室で、こんなに真面目に科学の話をするなんて、少し変わった体験だと感じる。

「2進数だとすると、2のn乗がちょうどきりがいい数字だろう。」貴仁が提案した。
単位は、宇宙で不変の何かの数字。ある定数の2のn乗倍になっている数値だ。
「あらゆる定数を当てはめて考えてみよう」と貴仁が提案し、3人は様々な定数を試してみる。

ある定数をあてはめた時、手が止まった。
ボーア半径。ボーア半径は水素原子の最も低いエネルギー準位での電子軌道の平均半径を示す値で、量子力学の基本的な概念である。

5.29177E-11(ボーア半径)× 2^40 この計算式の結果が、波長58.24mと完全に一致していた。

この計算式に気づいたとき、貴仁は空を見上げた。「俺はここにいる」まさにそんなメッセージだった。
人間ではない誰かと会話した気分だ。純礼、啓太も同じ気持ちだろう。

「だとすると、他にもメッセージがあるはずだよね。」純礼が言う。
「受信したデータをもっと詳しく確認しよう。」啓太が提案する。

貴仁、啓太、純礼の3人は、受信データを詳しく見る。
送信が間欠的なのは、ASK変調なのだろう。
電波が飛んでいる状態を1、飛んでいない状態がゼロだ。

一定時間1が続き、そのあとしばらく1と0が交互に繰り返される。その後、データが続いているように見える。一定時間後、またしばらく1と0が交互に繰り返されている。

「この交互に繰り返される1と0に囲まれたデータ部分、何か特別な意味があるんじゃない?」純礼が尋ねる。

貴仁は頷く。「うん、おそらくそうだね。これらの1と0のパターンが区切りを示していて、その間にあるデータが重要な情報を伝えているんじゃないかと思う。」

貴仁は、データの長さ、ビット数を丁寧に数えた。なんと、65536個。16ビットだ。というより、256の2乗という方が正しいだろう。啓太もすぐにピンときたようだ。

「これって、もしかして正方形の画像じゃない?」啓太が疑問を投げかける。

貴仁はすぐに反応し、画像を可視化するためのプログラムを立ち上げる。1を黒、0を白でプロットし、画像を表示する。映し出された画像は何の形を表しているようだ。

純礼が何かに気づいたようだ。
「ちょっと待って、これって…」彼女は検索した画像を横に並べる。背中を汗が流れ落ちるのがわかる。2つの画像は完全に一致していた。

1億年前の地球の大陸だった。

回復

播本潤の容態が大分回復したようだ。貴仁、純礼、ありさは潤に会いに行く。そこで、T-RFIDの認証を受けられていない事情を聴く。

潤は、T-RFIDの認証が始まった頃、建設現場の職を失った経緯を話し始めた。「あの頃、僕は建設現場で働いてたんだけど、突然解雇されちゃってね。それからはなかなか職が見つからなくて…」

彼は苦笑いを浮かべて続けた。「正直、T-RFIDのことをあまり知らなかったんだ。そして、気づいた時には、無職の人たちが政府によってスラム街に移住させられることになっていた。僕もその中の一人だったんだ。」

貴仁は潤の話に懸念を示す。「そんなことをしたら人口が減ってしまう。人口動態は国の基本データだ、それが変わってしまっては、国がどうなってしまうかわからない。」

純礼は深くうなずいて、さらに重要な情報を明かす。「実は、妹の彩音が調べたデータがあるんだけど、これが驚くべきことを示しているの。」

「何が驚くべきなの?」ありさが興味津々で尋ねる。

純礼は言葉を慎重に選んで続ける。「彩音の調査によると、人口の統計データが改ざんされている可能性がある。つまり、実際の人口と公表されている人口が違うかもしれない。」

貴仁とありさは驚く。潤も目を丸くして言葉を失う。

「それってどういうこと?」

純礼は続ける。「つまり、政府が何らかの理由で、国の状況をより良く見せるために、重要な統計データを操作しているかもしれないんだ。これはただの推測だけど、もし本当なら、我々が信じていた社会の現実は、実際の状況とは大きく異なるかもしれない。」

人口の統計データを改ざんする理由は、一気に社会が貧しくなったことを隠すためでしかないと考えられる。まさに、このスラム街のことだ。

「この5年ほどで一気にスラム街が広がってきたって、言っていましたよね?」貴仁は潤に確認する。

潤は頷いて答える。「そうだ。昔はこの地域はそんなに悪くなかったんだけど、ここ数年で急速に悪化してきた。スラム街が広がり、貧困と犯罪が増えてきた。」

純礼は話を変える。ありさのことだ。
潤はまだもう少し入院が必要だが、回復後、学校にも満足に通えない状況に懸念を抱いていた。

「ありさはどうすればいいんだろうね。学校に通うことも大事だけど、この状況を考えると、なかなか難しいだろう…」純礼は心配そうに話す。

貴仁も同意する。「それに、スラム街では安全面も問題だ。ありさを守るためにも何か手立てを考えないと。」

貴仁はこの際だから潤に住む場所を変えてはどうかと思っている。ありさは純礼に懐いているし、大学の近くに住めば、彼女も安心して学校に通えるだろうという考えだ。

「潤、どうだろう?大学の近くに引っ越すのは。ありさも純礼に懐いているし、安心して学校に通える環境を整えることができるよ。」

潤は少し考え込むが、やがてうなずく。「ありがとう、貴仁。ありがたく思うよ。ただ、今はまだ体調が完全じゃないから、元気になるまで待ってくれるかな?」

貴仁も純礼もありさも、潤の回復を待つことに同意する。

ふと、ありさの目が寂しそうになる
貴仁は憂鬱な気持ちになる。
DTS法を調べてみたが、T-RFIDタグを持たない人が新たに持つことを法律上規定していない。
もちろん、申請すれば市役所で発行してもらうことも可能かもしれないが、それには手続きや証明が必要だろう。
何よりも、潤たちのような状況で、そういった手続きがスムーズに進むとは思えなかった。

「大丈夫、もう会えなくなるんてことはないさ」
根拠もないこの言葉はありさに届いただろうか。

過去

高橋直哉は、野口慎一に内密にこの国の状況を調べていた。
野口は常に高橋に不必要な詮索はするなと言っている。
しかし、スラム街の実情にどうしても納得がいかない。失業率のデータを見ても、全く合わないのだ。

高橋は、あるデータに目を付ける。衛星画像だ。5年前と今の画像を見比べると、明らかにスラム街らしき場所が増えている。いろんな都市で調べてみてもそうだった。
「何かがおかしい」そう考えて、さらに詳細なデータを集め、国の内情を解明しようと努力する。

やがて、高橋は、国の統計データが改ざんされていることを突き止める。失業率や経済成長率、貧困率など、様々なデータが捏造されていたのだ。

高橋は野口にこの疑問を投げかける。
「高齢化や経済の失速が一因だと考えられるが...」最初は慎重に言葉を選んでいたが、次第に野口も考えを改める。

「野口さん、でもそれだけでは説明がつかない部分が多すぎます。本当のことを教えてください。」高橋は真剣な表情で野口に問いかける。

野口は沈黙の後、ついに決意する。彼は、さらに深く調べるべきだと判断する。「分かった。だが、これは非常にデリケートな話だ。誰にも漏らさないと約束するんだぞ。」

高橋はすぐに頷く。「もちろんです。誰にも話しません。」

野口は深くため息をついて言う。「北星市ミサイル事故を調べてみろ。それがすべての始まりだ。」それが野口の言葉だった。

北星市ミサイル事故。8年前、自衛隊のミサイルが誤射によって市街地に落下し、運悪く休日でにぎわう百貨店を直撃した。数百名の死傷者を出す悲劇となった。それが公式の情報だったが、調べるうちに不自然な情報が次々と出てきた。

事故から1か月後、突然捜査が終了になっていたことだけでなく、事故の詳細については一切明かされていなかった。また、事故現場周辺の住民からは、その日に異常な空気が漂っていたとの証言が寄せられていた。

更に詳しく資料を読む。北星市ミサイル事故の原因は、どうやらハッキングによるものだったようだ。自衛隊がハッキングによって自国の市街地に撃たれた。
確かに絶対に公開できない内容だ。

高橋は疑問を持つ。もしハッキングだったとして、調査が中止になったということは、その原因は特定されていないままなのではないか。

だとすれば、今日また同じようにハッキングを受けてミサイルを撃ち込まれる可能性があるのではないか。

「犯行文」高橋の目に留まった。
犯行文などという文書は、この資料以外には見つからない。
誤記なのか、そうでなければ何らかの理由で消されたということだ。

彼には心当たりがある。DTS法(Domestic Tracking System法)だ。
DTS法は、スパイ防止を目的としてすべての人にタグの所持を求める法律である。当時、突然法案化された。
警察学校に通っていた高橋は、この法律について僚友と度々議論していた。
その法律の施行と、北星市ミサイル事故の時期が重なっていることから、これらは何らかの関連性があるのではないかと考える。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?