見出し画像

サイレント・コネクション 第15章

斉藤防衛大臣の「臺灣民主共和国に基地を置く」発言から1か月が経った。臺灣民主共和国にいる貴仁は、苦しい立場にいた。臺灣民主共和国、日本、米国の軍隊による軍事演習が何度も行われ、その報復措置として中華連邦の軍事演習が常態化している。

臺灣民主共和国の人々は口々に「あんなのは望んでいない」と言う。まさにその通りだ。戦争を望んでいないのに、関係ない大臣が火に油を注ぐ。本当に腹立たしい。
貴仁は日々、現地の人々と接しながら、彼らの懸念や不安を聞いて回っていた。彼らは平和を求めており、国際的な緊張が高まることに心を痛めていた。そんな彼らの気持ちを、貴仁は日本政府に伝えるべく、報告書を作成していた。
同時に、貴仁は現地の政府関係者とも密接に連絡を取り合っていた。彼らは、日本や米国との軍事協力が、中華連邦からの脅威に対する防衛力を高める一方で、地域の緊張を悪化させることを懸念していた。
貴仁は、啓太、純礼とそろそろ日本に帰らなければならないのではないかと告げる。当初の予定は8か月であり、まだ4か月だが、今の情勢は非常に危険だ。いつ戦争が起こっても不思議ではない。

二人もそれに同意する。貴仁は高田社長に話をした上で、大使館に連絡して退去を打診している。今のところ日本への民間機は飛んでいる。脱出はなんとかなるだろう。
問題は、ドローン技術をまだ渡し切っていない点だ。PT-RFID技術を用いて高精度に制御する技術は、100人のリーダークラスには既に教えている。それ以外のメンバーも彼らに任せることは可能なのだろうが、それでも途中で投げ出すのは気が引けた。
そこで、貴仁は陳建宇ドローン部隊長と相談を持ちかける。彼は、これまでの研修でリーダークラスのメンバーが十分な知識と技術を身につけていることを確認し、彼らが残りのメンバーへの指導を引き継ぐことに同意した。
それでも不安は残るため、貴仁はリーダークラスのメンバーに、自身が日本にいる間もオンラインでのサポートを行うことを約束する。また、状況が落ち着いたら再び現地に戻って指導を行うことも明言した。
しかし、大使館は、貴仁達の帰国に対して一時的に保留の判断をした。ドローン技術の共有という使命がある以上、すぐには難しいというのが大使館の職員の言葉だった。だが、その後の1週間で状況は一変する。

中華連邦のドローンの襲来である。中華連邦の自爆型ドローン「轟龍」と、STEAドローン「雷鳴」合わせて5000機が臺灣民主共和国の主要基地に対して一斉攻撃を仕掛けた。この突然の攻撃に、臺灣民主共和国の軍事施設は大混乱に陥る。
自爆型ドローン「轟龍」は、中華連邦が開発した新型の攻撃ドローンである。その名の通り、自爆を目的とした攻撃を行うために設計されており、敵の重要施設や基地を破壊することを主な目的としている。小型で軽量な設計が特徴である。これにより、大量のドローンを同時に運用することが可能となり、敵の防衛システムを圧倒することができる。強力な爆薬を搭載しており、大規模な破壊力を持つ。

啓太は、中華連邦の自爆型ドローン「轟龍」の攻撃に対抗するため、天風ドローンを用いて迎撃に参加することを決意した。彼は他のメンバーにも協力を要請し、迅速な対応が求められる状況に対処するために奔走した。
天風は、PT-RFID技術を用いた遠隔制御型のドローンで、高精度かつ低遅延の通信が特徴である。この技術のおかげで、天風は広範囲において、瞬時に情報を共有し、効果的な迎撃行動を展開することができる。
さらに、天風同士が自らPT-RFIDのノードとなり、メッシュ通信網を形成することで、通信の安定性と範囲が向上し、敵のドローンに対する対応が迅速かつ効果的に行われる。
迎撃が始まると、天風ドローン部隊は迅速に行動を開始した。彼らは空中で編隊を組み、自動的に敵ドローンの位置情報を共有し、効果的な攻撃ルートを計算していった。

まずは、轟龍ドローンに対する攻撃が優先された。天風は、敵ドローンの特性や行動パターンを分析し、迎撃の最適なタイミングを見計らっていた。敵ドローンが急降下して接近するタイミングを見逃さず、一斉に対空ミサイルや機銃を用いて撃墜していった。
雷鳴ドローンは、より高度なステルス性を持っていたため、対処が難しい相手であった。しかし、天風は高性能センサーやカメラを活用し、雷鳴の存在を捉えることに成功した。さらに、天風同士の連携によって、雷鳴が潜んでいる場所を特定し、一気に包囲網を張ることができた。
包囲された雷鳴ドローンは、次々と天風の攻撃にさらされることとなった。雷鳴が逃げようとしても、天風の優れた機動性と連携によって逃げ場はなく、徐々に数を減らしていった。

貴仁、純礼、そして啓太は大使館からの命令を受け、国外退去を急ぐことにした。彼らは急いで荷物をまとめ、最寄りの避難所に向かった。しかしその途中、突如雷鳴が現れ、彼らの進路を遮るかのように襲撃を開始した。
雷鳴は、Strike Target Except Allies(STEA)というコンセプトを採用したドローンである。そのAIは高度な判断力を持ち、敵対するものを選別して攻撃することができる。しかし、そのAIはまだ完全ではなく、民間人を見分ける能力は限定的だった。そのため、雷鳴は友軍以外の目につくものを誰でも攻撃する可能性がある。天風であれば撃墜は容易だが、生身の人間が雷鳴のいる場所に出るのは死にに行くようなものだ

貴仁、純礼、そして啓太は、雷鳴の襲撃によって計画が狂ってしまったことを憂いていた。そのとき、啓太が決意を固め、貴仁と純礼に向かって言った。
啓太:「貴仁、純礼。僕がここに残ることにした。」
貴仁:「え、どうしてだよ、啓太?」
啓太:「このままでは脱出できない。僕が二人を護衛する。それに、天風の技術をもっと臺灣民主共和国に浸透させないと、僕らがいなくなったあとも持続できない。」
純礼:「でも、それは危険すぎるわ。一人でここに残るなんて、考えただけで不安になる。」
啓太:「大丈夫だって。僕も不安だけど、これが今できる最善の策だと思うんだ。」
貴仁は啓太の覚悟を感じ、しばらく言葉を失った。だが、やがて彼は啓太に向かって言った。
貴仁:「分かった。でも、必ず無事に帰ってこいよ。」

大使館までの道のりは遠く、貴仁と純礼は自動二輪バイクを使うことに決めた。バイクは街の混乱をすり抜けるのに適していた。二人は早速、バイクにまたがり、啓太が操縦するドローン「天風」の援護を受けながら、大使館に向かった。
天風は二人の頭上を飛び、周囲の状況を警戒していた。その先導により、貴仁と純礼は中華連邦のドローン雷鳴から逃れることができた。その間にも天風は破壊されそうになる雷鳴を次々と撃ち落としていった。
バイクを駆る貴仁の頭上で、天風は空を舞い、雷鳴との戦いを繰り広げていた。その様子を目の当たりにしながら、彼は啓太の技量と冷静さを改めて感じていた。純礼もまた、貴仁の操縦技術を頼りに、身を任せていた。
車窓から見える街並みは、戦争の影響で一変していた。かつての平穏な日常はどこにも見当たらず、かわりに混乱と破壊が広がっていた。それでも二人は、啓太と天風の援護に助けられ、無事に大使館に到着することができた。彼らを待っていたのは、青木晴男大使だった。

青木大使は、臺灣民主共和国と日本の関係を長年にわたり見守ってきた人物で、彼の経験と知識は貴仁たちにとって貴重な存在だった。
大使館の中では、すでに脱出のための準備が始まっていた。しかし、一方で中華連邦の攻撃が一段落すれば再び日常が戻る可能性もあり、すぐに退避するべきか、それともしばらく様子を見るべきか、貴仁と純礼、そして青木大使は議論を重ねた。
貴仁:「やはり、今は一時的にでも退避した方がいいと思います。」
純礼:「私も同意見です。このままでは、私たちだけでなく、大使館の職員の安全も確保できません。」
青木大使:「それは理解している。しかし、我々が撤退すれば、それは日本が臺灣民主共和国を見捨てたというメッセージになりかねない。それが現地の民間人に与える影響、そして日本と臺灣民主共和国の関係にどう影響するかを考えなければならない。」
議論は平行線のまま、時間だけが過ぎていく。
3日後、長い待機の末、日本自衛隊の救援部隊がようやく到着した。

大使館の広場に、グリーンと白の塗装が施されたヘリコプターが4機、ひしめき合うように着陸した。その迫力ある姿に、避難していた人々は口々に驚きの声を上げた。
ヘリコプターのローターが風を巻き上げ、広場には砂ぼこりが舞った。
救援部隊の隊長、小野寺誠士郎大尉がステップから降り立つと、その存在感は周囲に安心感を与えた。彼の鋭い瞳は、いかなる困難も乗り越える決意と経験を感じさせた。彼の髪は短く刈り込まれ、その体格は鍛え抜かれた自衛官としての証だった。

大尉は避難者達に向けて声を上げた。「皆さん、心配は無用です。私たちはあなたがたを安全な場所へ連れて行きます。我々自衛隊員の指示に従って、順番にヘリコプターへお乗りください。」
その言葉に、避難者たちは再び安堵の息をついた。彼らは頷き、一人、また一人とヘリコプターへと向かった。自衛隊員たちは、避難者一人一人を丁寧にヘリコプターへと誘導した。

大使館の広場は一時、活気に溢れた。日本からの救援部隊の到着は、避難者達にとって明るい光だった。彼らの顔には、ほっとした表情が浮かんでいた。その中には、子供を抱いた母親や、老人、そして若者も含まれていた。彼らは、遠く故郷から来た救援部隊を見て、涙を浮かべながら感謝の言葉を述べた。

貴仁と純礼は、小野寺大尉の目の前で、あの緊張感溢れる状況下で啓太が果たしてきた役割を説明した。「啓太はまだ現地にいます、彼は…」純礼の声は少し震えていた。
小野寺大尉は眉をひそめ、一瞬だけ視線を落とした。「彼の勇気に敬意を表します。しかし、現状を把握しなければなりません。臺灣民主共和国には今、数多くの人々が救援を求めている。私たち自衛隊は彼ら全員を助ける使命を持っています。」
貴仁と純礼は言葉を失った。特別扱いを求めることの無理さを理解しながらも、同時に友人を置き去りにすることの苦痛にも打ちのめされていた。

4機の自衛隊のヘリコプターは、大使館の建物から立ち上がると、空へと飛び立った。プロペラが風を巻き上げ、建物の窓ガラスが揺れた。見送る人々の顔は、救援が来てくれた安堵と、それでもまだ戦火が続く不安で揺れ動いていた。
夜の闇に包まれたヘリコプターたちは、一列になって市街地を離れ、海上を目指した。空気はひんやりとしており、ヘリコプターの中は静寂に包まれていた。貴仁と純礼は窓の外を見つめ、遠くの市街地から上がる煙を黙って見ていた。
しかし、その静寂は一瞬で破られる。一機のヘリコプターが突如として炎上し、夜空に大きな火柱を上げながら海面へと墜落した。貴仁と純礼の耳には、突然の爆発音と、それに続く無線通信の混乱した声が響いた。
それは、まだ戦火が続く現実を彼らに突きつけるものだった。

雷鳴の攻撃を振り切り、残った3機のヘリは目指すべき場所、自衛艦「JS しらせ」に向けて飛行する。威嚇する雷鳴の追尾を躱しながら、ヘリコプターたちは低空飛行を続けた。
海上を進む「しらせ」の姿が視界に入った時、貴仁と純礼の胸はほっとした安堵でいっぱいになった。その巨大な艦体は、灰色の鉄壁のように堅牢で、まるで彼らを守ってくれる盾のように見えた。
ヘリコプターは、「しらせ」の甲板に着陸し、貴仁と純礼は艦内に案内された。遠くに臺灣民主共和国の姿が小さく見え、彼らの心には啓太への思いとともに、続く戦いへの不安が深まった。

自衛艦「しらせ」の中は活気に溢れていた。艦内の通路を進むと、壁に取り付けられた大型のモニターからは日本のニュースが流れていた。映像は臺灣民主共和国の国防省の建物を映していた。
モニターに映し出された国防省の建物は、静かな夜の闇を割くような強烈な爆発音と共に、急激に変貌を遂げていった。建物全体が一瞬、明るく照らされ、その後、炎が舞い上がった。それはまるで、巨大な火花が空に散らばったかのようだった。
轟龍の一斉攻撃は、まるで無数の悪魔が天から降り注いできたかのような光景だった。それぞれが建物に突っ込み、爆発を起こすたびに、建物の一部が粉々に吹き飛んでいった。
次々と襲来する轟龍の攻撃によって、かつての国防省の姿はすぐには見ることができなかった。鉄筋コンクリートの壁は粉々に砕かれ、窓ガラスは爆風で飛散し、内部の施設も全てが破壊された。その中で、建物の一部が崩れ落ち、炎と煙に包まれていた。
建物の周囲には、轟龍の爆風によって引き裂かれた木々や車両の残骸が散乱していた。そして、かつての国防省の姿を想起させるものは、もはや何もなかった。その地に残されたのは、ただ燃え盛る炎と、煙と、轟音だけだった。
無数の轟龍が一斉に攻撃を開始してから、建物が完全に崩壊するまでの時間はわずか数分だった。それはまるで、強大な力によって時間が圧縮されたかのような感覚だった。そして、その全てが、モニターを通じて、純礼と貴仁の目に焼き付けられた。
貴仁と純礼はその映像を見て息を呑んだ。国防省には啓太がいるはずだった。彼はいつも冷静で、どんな危険な状況でも頭を冷やして判断することができる人物だ。しかし、その映像を見る限り、生きて脱出するのは難しそうだった。
二人は無言で、映像の中の炎上する国防省を見つめ続けた。啓太が無事だと信じることしかできない。一方で、心の奥底では深い悲しみと無力感が渦巻いていた。

自衛艦のブリーフィングルームで、一人の自衛官が避難した人々に対して最新の戦況を報告した。
「ここまでの戦況は、雷鳴と轟龍による一方的な攻撃が主でした。大使館の被害も、その二つのドローンによるものです。」自衛官は淡々と語った。その顔には、疲労と深い憂いが浮かんでいた。
彼の指が、ディスプレイ上の地図を指していた。海上では、中華連邦の艦隊と臺灣民主共和国の海軍、そして海上自衛隊が対峙している様子が映し出されていた。
「現在、中華連邦の艦隊は臺灣海峡に展開しています。臺灣民主共和国海軍は一部損害を受けており、また、我々海上自衛隊も同海域に展開、支援を行っております。」
「戦況は、まだ混沌としています。」自衛官は静かに続けた。「しかし、我々は最善を尽くします。今は、安全な場所にいていただき、我々に任せていただきたいと思います。」
その言葉に、貴仁と純礼は黙ってうなずいた。

自衛艦しらせは、臺灣海峡を離れ、石垣島に向かった。夜明けまでに石垣島に到着し、貴仁と純礼は、用意された宿泊施設で一夜を過ごすことになった。
部屋に入った貴仁と純礼は、一時的に安全な場所にいることに心から安堵する。それでも、心に残る不安は拭えなかった。貴仁が、静かに純礼に向き合った。
「純礼、啓太が無事だと良いのだけど……」
純礼は、重い口を開いた。「貴仁、私もそう願っているわ。でも、今は私たちにできることは、ここで安全に過ごし、状況が落ち着くのを待つことだけよ。」
貴仁はうなずいた。「そうだよね。それに、啓太なら大丈夫だと思う。彼は強いから。」
部屋の中には、二人の心配と期待が満ち溢れていた。そして、その夜、貴仁と純礼は、啓太の安全を祈りながら眠りについた。

朝の光が部屋に差し込む中、音道貴仁と純礼は、石垣島の宿泊施設の部屋でパソコンを開いた。スクリーンに映し出されたのは、安堵の表情を浮かべる高田社長、播本ありさ、そして椎名彩音の姿だった。
「よかった、心配してたよ」と、高田社長は深い安堵感を込めて言った。ありさと彩音も同様に、心からの安堵と喜びで彼らを迎えた。「貴仁さん、純礼さん、無事で本当に良かったです。」ありさは言った。彩音もにっこりと微笑んで、「本当に、無事でよかったわ。」と付け加えた。
それぞれの顔を見ながら、貴仁と純礼も安堵の息を吐いた。この危険な状況から彼ら自身が無事だけでなく、自分たちを思いやる仲間たちが無事であることに、彼らは心からの喜びを感じていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?